YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

特別プログラム1 人形師の願い

 赤い靴を履いた足が自分の意思とは関係なく、踊り続けている。足は止まりたいのに勝手に前に進んでいく。これまで踊り続けていたのは自分の実力なんかじゃなくて、靴が凄かっただけなんだ。

 

 


 いつもと同じ夢から目が覚めると、そこは寄宿車両の中だった。隣の2段ベッドでは巡ちゃんとミカがいびきをかいて寝ている。この列車はどこへ行くんだろう。こんな自分がサーカスにずっといてもいいのだろうか。

 気を落ち着けようと、客車のような車両に向かう。いつかミラーボール団長と話をしたあの車両の窓からは瞬きがもったいないぐらいの銀河が見える。あの景色を見ている間は自分の悩みも忘れていられる。

 星に願いを。全てをかけてでも一番星に願える何かが見つかったら自分のネガティヴな性格も変わるだろうか。そう思いながらぼんやりと車窓を眺めていると、

「ボクだったら右から2番目の星に願うかな。」

突然の声にハッとして見上げるとミラーボール団長が立っていた。この人はいつも音も立てずに唐突に現れる。

 団長は以前持っていた蜂の絵が表紙の分厚い本をまだ持っていた。私は思い切って相談してみようかと考えた。そこで話を切り出すことにした。

「あの実は相談したいことがあるんです。」

団長は笑って顔をこちらに向けた。

「おお!どうしたんだい?」

「今まで2回踊ってきたけど、すごいのは私のダンスじゃなくてあの靴だと思うんです。」

「ふーん、それで?」

「だから私このままサーカスにいてもいいんでしょうか。」

ミラーボール団長は手を口元に当てて考える仕草をした。

「そもそもサーカスなんて本来なら長年の訓練を重ねた先に舞台に出られるものだからね。もしくは生まれつきハンデのある人が自分を見世物にする覚悟を持ってやってる。これまではボクの思いつきだったけれど、ヨリにはどうしてもここでやっていくって覚悟があるの?」

まっすぐに一番星みたいな目で見てくると何も言えなくなる。今の私ではなんとしてでもサーカスをやるという覚悟がない。きっと今までもそういった気持ちでしか物事に向き合っていなかったんだろう。子供の頃あれだけ好きだと言っていたダンスでさえ、ちゃんと練習したと言える日があっただろうか。

 私が答えに窮しているとミラーボール団長は帽子を脱ぎ始めた。そして帽子の中から二つのティーカップティーポットを出し、お茶を注ぎ始めた。

「まずは時期が来るまでの特別プログラムを受けるときだね。グーの手伝いをするといいよ。」

「グー?」

「団員の一人で人形師さ。」

ミラーボール団長はお茶が入ったカップの一つを私に差し出した。

「今日のお茶の係はグーだからね。」

そのグーとかいう人が作ったというお茶は一口飲んだら、溶けるような蜂蜜の味がした。

 


☆☆☆

「存続計画実行!!」

ミラーボール団長は自室のドアの横に蜂が表紙の本をはめ込んだ。列車の車体のミラーボールがくるくると廻り、鴇の姿を映し出した。

 お茶を飲んでもう一度眠り、目が覚めるといつの間にかサーカスのテント小屋の中にいた。寝てる間に次の世界へ移動したということか。

 辺りには誰もいないので外に出てみると、そこは中世ヨーロッパのような街並みの開けた広場だった。通りをサーカスの宣伝で団員がパレードをしているのが見えた。

 華やかな紙吹雪を舞わせたり、旗を振ったりして踊るピエロ達を子供達が追いかけていく。私は置き去りか、と思っていると、

「君が弥栄ヨリ、かな?」

男の人の話かける声が聞こえた。声のした方を見ると背が高く整った顔立ちの男の人が立っていた。でも顔立ちは日本人に見える。どこか懐かしいような不思議な感じがした。

「えっと、誰、ですか?」

男の人は笑って手を差し出してきた。

「はじめまして。人形師のグーだ。」

驚いた。てっきり名前から可愛らしい子供のような人を想像していたからだ。でもサーカスだし本当の名前じゃない名前を使ってる団員なんてたくさんいるよな。

 グーは握手をし終えると、テント小屋の横にある屋台を指差した。

「俺は人形師だけどサーカスのおもちゃ屋を一緒にやっている。ここのおもちゃは全部俺の手作りだよ。」

まだ開店していないが、屋台にはぬいぐるみや風車や風船といったものが置いてあった。見るだけでワクワクしてくるものでいっぱいだ。

「もちろんどの世界にいくかでその時代にあったおもちゃを売っている。」

グーは説明した。「君にはおもちゃ屋の販売をやってもらうから、よろしく。」

なんと次に私が任された仕事はおもちゃの販売だった。店には綿飴やペロペロキャンディーといったお菓子もある。

 すると、店の受付台からにょきっとミラーボール団長が顔を出した。

「これも売ってくれる?七色のメロンパン!この前の亀から思いついたんだ。」

団長の靴はヒールだけど、グーのほうが背が高かった。

 


 サーカスが解放され、店が開店すると子供達がわっとおしかけてきた。

「お人形とふーせんとメッセージカードください!!」

「わたあめとパンも!!」

次々と押しかけてくる子供達はまるで飢えたハイエナのようだ。しかし不思議と嫌な気はしない。子供達は街にサーカスが来るのを楽しみにしているのだ。

 グーが後ろから私の仕事の手順が正しいか見守っていた。そして店が落ち着くごとに、

「もっと笑って。」「アイコンタクトを取るといいよ。」と伝えてきた。最初は戸惑っていたが、段々慣れてくるとこちらも楽しくなってきて気の効いたことを子供達に言うようになってきた。

「お人形と仲良くしてあげてね。」

「サーカス楽しんでね、いってらっしゃい!!」

最後の子がやってきて一時休止すると、グーは私の仕事ぶりに対してコメントしてきた。

「結果楽しそうにコミュニケーションをとってるのを見ると、君は本質的に人間が好きなんじゃないか?」

私が、人間が好き?そんなこと誰かに言われたことなかった。でも確かに相手が笑顔になって幸せな時間を過ごせたら、そんな時間を自分が作れたらいいだろうな。それこそが仕事ってものじゃないの?

「そうかも、しれません。でもそれってそんなにすごいことなんですか?」

グーは真面目な顔で遠くを見ると、話し始めた。

「サーカスにいる以上は大事なことだ。というかミラーボール団長の本質そのものと近い。あの人の理念の中には、最も崇高な芸術は人を喜ばせることだというのがある。

 そもそも君が今まで働いていた職場のやつらのように、人間は本質的には人間のことが好きじゃない。自分の目の前に与えられたことに必死で他人の笑顔や涙になんて責任を持ちたくないんだ。

 だからこの俺だって、かつては人間に復讐しようと思っていた。」

「かつてはって、今は違うんですか?」

グーは息を吐き出すと近くの噴水の縁にすわり話し出した。

「俺の一族は各地を流れるように旅をして回っていた。そこで生きていくために俺は人形を作る術を覚えた。人形を売っては村に売り、貰った金で生活をしていた。

 しかしある時から俺の住んでいた国では戦争が起こり、旅をしている一族は戸籍がないからと一族を抹殺しようとした。かつての仲間が次々と消息不明になっていく中、俺の家族は山奥へと逃げ延びた。

 だがある日、人形の材料となる葉っぱを取りに俺が出かけている間に、穴蔵に軍隊がやってきた。

 俺が帰ってきた時、家族は一人残らずいなくなっていたよ。俺はすぐに軍隊の仕業だとわかり家族はもう戻って来ないと確信した。その時俺の心にあったのは何がなんでもこの国を滅ぼしてやろうという復讐心だったよ。俺たちの一族は争いを好まない血統だったはずなのに、不思議だな。

 家族を愛していたからこそ、失われたことへの憎しみは強くなる。」

グーの瞳は燃え盛る炎のように見えた。彼は話を続ける。

「俺たちが国には秘密にしていたことがある。一族の人間は山奥の鏡石という透き通った石の前に行くと、神と話ができるとされていた。俺はそこにいって復讐の儀式をしようと思っていた。だが、誰が情報を漏らしたのかその石も粉々に壊されていたのさ。」

ああ、なんだかこの先の展開は読めて来たぞ。きっとそれは、「代わりに月の向こうから鉄の龍のようなものが降りてきて、俺の目の前で止まった。そして中からミラーボール団長が出てきた。後で列車やサーカスというものを学んだが、その時の俺は神様か何かかと思った。」

☆☆☆

「やあ、久しぶり。」

会ったこともないはずなのにミラーボール団長は俺にそんな言葉をかけてきた。「お人形はまだ作っているの?」

俺は団長に頭を下げて、国の人間に復讐する方法を教えてくれと頼んだ。団長はつまらなそうな反応をしてこう言った。

「それよりボクのサーカスに入ってよ。」

「さあ、かす?」

「キミの人形作りの腕はすごいからさ。キミなら世界各国どんなタイプの人形も作れるよ。きっとそれを望む魂も存在するさ。」

言ってることは意味不明だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

「この国の偉い人はどうしてもキミの一族がいることが都合が悪いんだね。でもそれと同じくらいボクはキミが欲しいのさ。」

俺は疑問だった。そういえば俺が生まれるよりもっと昔から、何故この一族は旅をして暮らしているのか。どうしてただ平穏に暮らしていればそれで良いのに抹殺され、儀式のための石まで壊されなければならないのか。

「サーカスってものに入れば、その偉いやつに復讐することもできるのか?」

団長は笑って腕を広げた。

「サーカスはね、宇宙最大の幸せをみんなに届けるモノなんだよ!!」

幼い少女みたいな笑い方をする奴だった。未だにあいつの性別はわからないが。

「酸化されることに参加するぐらいなら、ほんとうのみんなのさいわいのために命を使ったほうが絶対いい。悪魔と契約するよりは後悔しないと思うよ?」

「さんか?あくまと契約って、何だそりゃ?」

「ちょっとした言葉遊びだよ。道化の仕事の一つさ。」

 


☆☆☆

グーは話し終えると、空を見上げた。もう一番星が出始めている。

「それで、いつから人間を恨まなくなったんですか?」

「サーカスの仕事なんて俺にとっては造作もなかった。それぞれの世界へ行ってはその場所の人形やおもちゃをそっくりに作って売る。あとは公演で人形劇を発表したりしたな。

 しかしそれだけではいつしかつまらないと感じてしまう。だから生きた人間のように自ら動き出せる人形があったらもっと完璧になるだろう。そう考えてから俺は、ある夢を見るようになった。

 夢の中で俺は若い女の魂を奪い人形にしてしまう悪魔だった。人形にしてしまう変わりに残りの寿命を奪い俺は永遠に生き続ける。こうして世界に暗躍する悪魔になることが夢の中の俺にとっての復讐だった。

 だけど、ある夜夢の中の俺は一人の女の魂を奪えなかったんだ。」

「どうして?」

「顔はわからないが、その女は踊り手だったんだよ。何にも邪魔されず、制約も受けないように操り糸なんて必要ないというぐらい自由で力強いダンスをする。この子を人形にしてしまうよりは、俺はいつまでもこの子のダンスを見ていたい。だから、この子の魂は奪えないと思ってしまった。

 そしてこの夢を見てから俺は一族を抹殺した奴らへ復讐しようなんて思わなくなったんだ。くだらない理由だが、夢でみたあの子のように何にも制約されることなく好きなことをやり続けた先に、ほんとうのさいわいってやつがあるのかもなって、このサーカスに賭けてみたくなったんだよ。」

そんな夢一つで考え方なんて簡単に変わるものだろうか。だけど、確かに私も夢を見つけたあの時は、きっとそうだった。今は…わからないけれど。

「そういえば君は踊るんだったね。」

グーが私を見て聞いた。

「は、はい!あまりうまくはないですが…。」

「今はそうかもしれないが、もしよかったら俺の夢の子のぶんまで君が踊っていてくれないか。これからもずっと。」

そんなこと、できるのだろうか。でもハメキト国で踊ったあの時はいつまでもずっと踊り続けていたいと思った。だったらまだまだもっとうまくなれるチャンスはあるだろうか。

 サーカスの公演が佳境に入ったのか、テント小屋が賑やかになってくるとピエロの一人が大声で呼ぶのが聞こえた。

「グー!!そろそろ出番だよー!!」

 グーが出演するということで、私は客席から円形の舞台を観ることになった。テント小屋の明かりが暗転し、また明かりがつくとたくさんの球体関節人形達が並んでいた。

 頭上にはグーが一本一本の糸を持って舞台を見下ろしている。

「お次は人形達の楽しい楽しい劇だよ!!」

ピエロのハッピーが笑顔でそんな言葉を発する。

 人形達は音楽に合わせてまるで本当の人間みたいにして動き回っていた。お客さんは人形の不気味だけどどこか滑稽な動きに大笑いする。

 すると、糸に吊るされてない人形達がどこからか現れ、舞台に立ち踊り始めた。グーも知らなかったのか驚いている。

「今日はグーの願いが叶う日だからね。」

いつのまにか私の隣にミラーボール団長が座っていた。

「グーの願い?」

「糸を使わずとも生きた人間のように踊る人形がいたらいい。彼の願いの一つさ。実態のないスピリットは宿主が必要。生きた人間の体を使うより人形に乗り移った方がいいでしょ?もちろんショーが終わったら人形からは出ていくことになるけど。それが彼らスピリットとの契約だからさ。」

「それって…。」

まさかあの永遠に幸せな楽園での出来事がこんな形で役に立つとは。「ボクはスピリットより、イマジネーションって言う方が好きなんだけどね。」

そう言いながらミラーボール団長は手に持っていたティーカップからお茶を啜った。どこから飛んで来たのか、小さな蜜蜂がカップの縁にとまり、またテントの上へ飛んで行った。