YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

特別プログラム2 firework of titan

 赤や青の花火がサーカス小屋の真上を鮮やかに彩る。全てのショーがクライマックスに達した合図だ。観客はその日の感動の終止符として花火を見上げ、思い出を噛み締める。

 サーカスの団長、ミラーボールは円形のステージの真ん中に立つと、シルクハットを脱いで頭を下げた。

「みんな今日は来てくれてありがとう!!生きている限り、世界はずっとサーカスさ!!」

子供達はがやがやと出口に向かうが、外にいた人物を見つけるとわっと駆け寄っていった。

「わー!!おっきーい!!」

「さっきも出てた人だー!!」

何かと思って、私がテントの外を見ると身長2mはありそうな大男を子供たちが囲んでいた。

「花火師のシーリーコート・A・アイビス。かつては文明一つを破壊してしまうほどの爆弾魔だった。」

いつの間にこちらに戻ってきたのか、パフォーマンスを終えた人形師のグーが説明した。

「文明一つって、一体いつの時代の話なんです?」

「さあ。このサーカスの列車が移動する場所は時間も世界線も全然違うらしいから。ただ、長くこの列車に乗っているという点では古い友人の一人さ。」

グーはそう言うと、テント小屋の前にあったおもちゃ屋の屋台を片付け始めた。そして言った。

「明日はやつの手伝いらしいから、何か学べることがあるといいね。ヨリ。」

つまり、明日の私の特別プログラムとはあの巨人との仕事ってことだ。

 シーリーコート・A・アイビスは近くで見ると想像の倍以上の背の高さだった。その辺りの電柱と対して変わらないかもしれない。そんな見た目から気難しい性格を想像していたが、実際はかなり物腰が柔らかく気弱な性格だった。

「は、はじめまして…。僕に何か教えられることなんてあるかなあ、と昨日から考えてはいたのですが、よくわからなくて。聞きたいことがあればなんでも質問してくださいね。」

本当にこの人が一つの文明を壊滅させるほどの爆弾魔だったのか。なかなか想像がつかない。

「とりあえず名前はなんて呼んだらいいですか?」

「うーん、シーリーコートからシーリーとか、苗字のアイビスと呼ぶ人もいますね。」

「じゃあ、コートさんって呼びます!」

アイビスさんはにっこりと頷いて笑った。「うん。よろしくね、ヨリさん。」

なんだか見た目とは逆に子犬のような笑い方をする人だなと感じた。

 

 コートさんは花火小屋と呼ばれるテントに私を連れて行った。中には大量の丸い火薬球が並べられている。

「ではまずは花火を僕が言う通りに筒に入れてください。」

コートさんはそう言うと、テントの中心にある花型の筒に火薬球の一つを入れた。「この筒に入れるのが青色の花火です。色は棚ごとに分けてあります。」

よく見ると棚の上には紫やピンクといった色の印がある。私も早速取りかかることにした。

「それから花火は衝撃を与えると危険ですから、気をつけてくださいね。」

 コートさんは私の勝手なイメージだが、よく怒りそうな無愛想な職人という感じが全くしなかった。とても身長が高いのでそれが珍しくサーカスのパフォーマンスに出てるのも見たことがあるが本来は裏方で花火を作っている方が好きだという。あまり自分のことは話さなかったが、一緒にいて緊張しない話しやすい人だと思った。

 私はこの人がこのサーカス団にどんな覚悟を持って入っているのか聞いてみたくなった。

「あの、コートさんはどういった経緯でこのサーカス列車に乗ったんですか?」

3時間の作業が終わって、質問してみた。

 すると、コートさんの瞳に少し翳りが刺したのを感じた。

「ヨリさんも僕が爆弾魔だったという話は聞いているんですよね?」

「えっと…はい。」

「気にしていませんよ。本当のことですから。きっとあなたなら、話しても変なふうには受け止めないですよね。」

そう言うとコートさんは胸のポケットから多機能ナイフを取り出して、花火球に紛れていたスイカを切り出した。

 赤い果肉が臓物のように四方に飛び散った。

 


☆★☆

 


ミラーボールはその日は街の広場の噴水に座ると、食べやすいサイズに切ったスイカをもしゃもしゃと頬張っていた。

 「あ〜!スイカが育たない気候の地域で食べるスイカは美味しいな〜!」なんて独り言を言っていると、赤い果肉がぽろっと地面に溢れ落ちた。それを嘴の長い鳥がぱくっと啄んだ。

ミラーボールは絶望したような表情で一瞬固まってしまう。しかし取られないよう残りの部分を口に入れて種を鳥に渡そうとした。が、鳥は種には興味ないみたいにそっぽを向いた。

「なんでキミがここにいるんだ。」

鳥は答えない。

「そうか、またあの子に派遣されてきたんだね。こんな運命的な時に限って、ときめきの鳥とはね。」

 「ああ、怖がる必要はないんですよ。スイカは僕からの差し入れです。」

コートさんは多機能ナイフで綺麗に切ったスイカの一つを私に手渡した。スイカはみずみずしくて甘い味がした。

「僕も子供の頃は祭りの時期にはスイカを食べて空に咲く花を見ていました。そう、僕の世界では花火なんて呼ばなかった。」

「なんか私の世界のお祭りみたいですね。」

コートさんはふふっと笑った。

「僕が住んでいた世界は、人間も人間以外の生き物も誰も争わず平和に暮らしていました。みずべの都と僕達はそう呼んでいました。人々は人間以外の生き物と協力してエネルギーを使い、技術を発展させてきました。機会や魔法の契約がなくても、生命のあるものは皆自由に思いのままに万物を操ることができました。

 


 どんな生物が住んでいたか、ですか?きっとヨリさんのいた世界では架空の生き物と呼ばれているような翼の生えた馬や空を泳ぐ魚、妖怪と言われるような頭に角の生えた赤や青の肌の者に、大きな爬虫類のような者もいました。それから人間にも大きな人間から小さな人間までたくさんいました。

 その中でも僕は大きな人間と、中くらいの人間の間に生まれた子供でした。僕達は争いを好まず、平和に協力して暮らしていました。果実の同盟ができるまでは…。

 


 果実の同盟とは、ある爬虫類型の生物が食べろと促した木の実を食べたことにより、知恵を与えられた人間達から派生した団体です。僕達の世界には食べてはならないとされる木の実がありました。しかし、ある男女が蛇に諭されて食べてみたところ、今よりももっとたくさんの知識が手に入り、もっと強い能力が得られるようになったため何人かの人間もそれを食べるようになってしまったのです。

 それによって、知恵を分け与えたりする者もいたのですが、段々と果実を食べてから他人と自分の能力を比べるようになったり、未来が全て見えてしまい、不幸なことを考えるようになる者が出てきました。

 ですから、実を食べたことは罪としてその罪を贖うゲームを行う者もありました。先日ある儀式をする集落に行きましたよね。僕はびっくりしました。あのゲームを源流としたことをやっている世界があったのですから。

 ともかく誰もが幸せに暮らしているみずべの都にとって、不幸なことを考えてしまうのはとても不遜なことだったのでそういった不幸な者を救うために果実の同盟は誕生しました。

 僕はそういったことは何一つ知らずに生きていたのですが、緑の髪のあの子は別でした。」

「緑の髪?」

「ああ、巡ちゃんのことではないですよ。緑の髪のあの子とは僕の幼なじみです。彼女は興味があることならなんでもやってみたいという天真爛漫、自由奔放、快楽主義な女神のような人でした。だから誰よりも早くあの果実を見つけて食べてみたのです。僕の方が木に手が届くからと僕に取らせて。

 彼女は果実を一口食べると涙を溢しました。理由はずっと教えてくれなかったけれど、彼女はその瞬間この世界の仕組みが全てわかったとずっと言っていました。

 そして彼女はこの実はみんなが食べるべきだ、食べるものにとって得られる能力は違うけれど、ということを主張しました。それこそが、キミを一人にしない世界存続計画なのだ、と。

 僕にはその時彼女が言ったキミは僕以外の誰かに向けられたように思いました。それがなんだか今まで感じたことのない不安に変わり、僕も果実を食べました。

 僕には彼女が見えたものとは全く違う知識が頭に浮かびました。僕は空に咲く花を今よりももっと綺麗に作る技術が欲しかったのです。そして火薬を使ってもっと煌びやかな花が作れる知識を得ました。

 


僕は毎日火薬を打ち上げて周囲の人を笑顔にさせていましたが、緑の髪のあの子はあの日から全く別のことを考えているようでした。そしてある日、彼女が作ったのが果実の同盟だったのです。

 


 僕達は子供の頃からずっと遊んできたのになかなか会わなくなっていた時に、久しぶりに彼女から呼び出されました。

 彼女はこう言いました。

 ねえ、この世界を一回全部ぶっ壊しちゃおうよ!キミの火薬の技術なら文明一つ吹き飛ばすぐらいできるでしょ?

 そして新しい文明を作るんだ!

 僕には彼女の話の意味が分かりませんでした。そんなことをしてしまったら…。

 しかし、彼女はそれも全てわかっているみたいでした。だからなのかどこか悲しそうな顔をしていました。

 だけど、それでもそれこそが存続計画という一つの道であり、「キミ」を一人にしない手段なのだと言っていました。

 そこで僕は彼女の計画に協力することにしました。昔から当たり前のことでしたから。だけど、果実の同盟の連中はどうしようもないやつらばかりでした。

 自分の欲のことしか頭にないやつら、他人に嫉妬して常に蹴落としてやろうと考えているようなまるで邪悪な蛇に取り憑かれたようなやつらばかりでした。こんな奴らのために僕が頭を使うのは時間の無駄だからさっさと終わらせてしまおうと思いながらも、僕は爆弾の技術を彼らに教えていました。

 そうして計画が実行される当日、ある事件が起きました。緑の髪の彼女には双子の妹がいました。彼女は青林檎のような、そして妹は翡翠のような髪をしていました。そんな妹が行方不明になったのです。僕には果実の同盟の誰かが何か彼女に嫉妬してやったとしか思えませんでした。

 これについては彼女も動揺していました。そして妹を探しに行く、とどこか山奥の方へ行ってしまいました。それが彼女を見た最後です。

 僕はとてつもない怒りを感じて、果実の同盟を根絶やしにするためだけに爆弾のスイッチを押しました。そこからは、想像の通りです。

 

 しかし奴らは生き残る術も彼女から教わっていたのですね。しぶとく生き延びていたんです。彼女と妹がどこにいたのかも黙ったまま、奴らは同じように生き延びている僕を消そうとしました。

 新しい文明の歴史を作るのに僕の存在は邪魔だったようです。

 まさかよりによってアイビス家のお前だとはな、と一人が言っていました。僕は必死で逃げました。すると、僕の家の象徴だった病を治し、邪悪な蛇を飲み込む、嘴の長い鳥が飛んできました。僕を案内するように、鳥は山奥の方まで飛び僕もそれに続きました。みずべの都と呼ばれた街は爆破の衝撃で全て泥に塗れていました。

 そうして小高い丘、あの果実が生えた木があった場所に辿り着いた時に列車が止まっていたのです。

 


 そして、ミラーボール団長に出会いました。僕がとても驚いたのは、団長の性格に彼女の面影を感じたことです。

 僕は最初唯一生き残った同盟の人間以外の人間かと思いました。あの人は自分のエネルギーでこの列車を作り出したのではないか。僕が逃げる方法はこの列車に乗るしかないと思い、乗せてくれないか僕は頼みました。

 すると団長は条件を出しました。

 キミは多くの命を犠牲にしたことを忘れて自分だけが助かるためにそんなことを言っているのなら乗せられない。だけどキミがその罪を償って本当のみんなの幸いのためにキミの力を使うなら乗せてあげるよ。

 僕の答えは決まっていました。最初から僕がやりたかったのはそれだったからです。僕の全てをかけて本当のみんなの幸せのために僕はサーカスに協力することにしました。

 ミラーボール団長の正体はわからないままでしたが、あの人は僕が列車に乗った時に僕の目を見てこう言っていました。

 それでいい。それこそがキミを一人にしないための世界存続計画なんだ、と。まるで僕自身に語りかけるように。

 それからはずっと花火師としてサーカスで働いています。僕が本当にやりたかったのは、緑の髪の彼女にもっと綺麗な空に咲く花を見せたかっただけだったから。

 たくさんの人が僕の花火を見て感動しているのを見てある時、団長が言いました。

 キミがこれを続けてくれてボクは本当に嬉しいよ!

 その笑顔は緑の髪のあの子をどこか思わせる笑顔でした。」

コートさんは話し終えると、家の象徴だという鳥がかかれた花火の球を見せた。

「この鳥は…!!」

「あれ、知ってますか?」

「私の地元で天然記念物になっている鳥ですよ!!」

「僕の文明がある頃には世界中に飛んでいたのですが、やはり数が少なくなっているんですね。」

私はどうしてもわからなかったことを聞いた。

「どうして緑の髪の人が世界を壊そうなんて言った時に協力したんですか?」

コートさんはくすっと笑った。

「よくあることですよ。愛していたからです。」

愛して…。私の身近に今までここまで深く愛という言葉を話す人がいただろうか。本当にその人のために何かをすることが本当のみんなの幸せに繋がるようなそんなことができたら素敵だと思う。ただの自己満足ではなく誰かの心にいつまでも感動できる体験をさせることに貢献できたら、今よりもっと強い自分になれるだろうか。

 するとテント小屋の幕が開けられ、ミラーボール団長が入ってきた。なんと肩にはあの鳥、トキが止まっている。

アイビス!!そろそろショーが始まる。開始の花火を上げてもらえる?それから、ちょっとした報告が。蜂の本からコウモリの本に変わったんだ。」

ミラーボール団長はまたわけのわからないことを言っている。コートさんは気にしてないみたいで花火を上げる合図をした。

 

 青や紫、緑の鮮やかな花火が空に上がっていき、サーカス小屋の頂上で人々に注目させるように開花した。

特別プログラム1 人形師の願い

 赤い靴を履いた足が自分の意思とは関係なく、踊り続けている。足は止まりたいのに勝手に前に進んでいく。これまで踊り続けていたのは自分の実力なんかじゃなくて、靴が凄かっただけなんだ。

 

 


 いつもと同じ夢から目が覚めると、そこは寄宿車両の中だった。隣の2段ベッドでは巡ちゃんとミカがいびきをかいて寝ている。この列車はどこへ行くんだろう。こんな自分がサーカスにずっといてもいいのだろうか。

 気を落ち着けようと、客車のような車両に向かう。いつかミラーボール団長と話をしたあの車両の窓からは瞬きがもったいないぐらいの銀河が見える。あの景色を見ている間は自分の悩みも忘れていられる。

 星に願いを。全てをかけてでも一番星に願える何かが見つかったら自分のネガティヴな性格も変わるだろうか。そう思いながらぼんやりと車窓を眺めていると、

「ボクだったら右から2番目の星に願うかな。」

突然の声にハッとして見上げるとミラーボール団長が立っていた。この人はいつも音も立てずに唐突に現れる。

 団長は以前持っていた蜂の絵が表紙の分厚い本をまだ持っていた。私は思い切って相談してみようかと考えた。そこで話を切り出すことにした。

「あの実は相談したいことがあるんです。」

団長は笑って顔をこちらに向けた。

「おお!どうしたんだい?」

「今まで2回踊ってきたけど、すごいのは私のダンスじゃなくてあの靴だと思うんです。」

「ふーん、それで?」

「だから私このままサーカスにいてもいいんでしょうか。」

ミラーボール団長は手を口元に当てて考える仕草をした。

「そもそもサーカスなんて本来なら長年の訓練を重ねた先に舞台に出られるものだからね。もしくは生まれつきハンデのある人が自分を見世物にする覚悟を持ってやってる。これまではボクの思いつきだったけれど、ヨリにはどうしてもここでやっていくって覚悟があるの?」

まっすぐに一番星みたいな目で見てくると何も言えなくなる。今の私ではなんとしてでもサーカスをやるという覚悟がない。きっと今までもそういった気持ちでしか物事に向き合っていなかったんだろう。子供の頃あれだけ好きだと言っていたダンスでさえ、ちゃんと練習したと言える日があっただろうか。

 私が答えに窮しているとミラーボール団長は帽子を脱ぎ始めた。そして帽子の中から二つのティーカップティーポットを出し、お茶を注ぎ始めた。

「まずは時期が来るまでの特別プログラムを受けるときだね。グーの手伝いをするといいよ。」

「グー?」

「団員の一人で人形師さ。」

ミラーボール団長はお茶が入ったカップの一つを私に差し出した。

「今日のお茶の係はグーだからね。」

そのグーとかいう人が作ったというお茶は一口飲んだら、溶けるような蜂蜜の味がした。

 


☆☆☆

「存続計画実行!!」

ミラーボール団長は自室のドアの横に蜂が表紙の本をはめ込んだ。列車の車体のミラーボールがくるくると廻り、鴇の姿を映し出した。

 お茶を飲んでもう一度眠り、目が覚めるといつの間にかサーカスのテント小屋の中にいた。寝てる間に次の世界へ移動したということか。

 辺りには誰もいないので外に出てみると、そこは中世ヨーロッパのような街並みの開けた広場だった。通りをサーカスの宣伝で団員がパレードをしているのが見えた。

 華やかな紙吹雪を舞わせたり、旗を振ったりして踊るピエロ達を子供達が追いかけていく。私は置き去りか、と思っていると、

「君が弥栄ヨリ、かな?」

男の人の話かける声が聞こえた。声のした方を見ると背が高く整った顔立ちの男の人が立っていた。でも顔立ちは日本人に見える。どこか懐かしいような不思議な感じがした。

「えっと、誰、ですか?」

男の人は笑って手を差し出してきた。

「はじめまして。人形師のグーだ。」

驚いた。てっきり名前から可愛らしい子供のような人を想像していたからだ。でもサーカスだし本当の名前じゃない名前を使ってる団員なんてたくさんいるよな。

 グーは握手をし終えると、テント小屋の横にある屋台を指差した。

「俺は人形師だけどサーカスのおもちゃ屋を一緒にやっている。ここのおもちゃは全部俺の手作りだよ。」

まだ開店していないが、屋台にはぬいぐるみや風車や風船といったものが置いてあった。見るだけでワクワクしてくるものでいっぱいだ。

「もちろんどの世界にいくかでその時代にあったおもちゃを売っている。」

グーは説明した。「君にはおもちゃ屋の販売をやってもらうから、よろしく。」

なんと次に私が任された仕事はおもちゃの販売だった。店には綿飴やペロペロキャンディーといったお菓子もある。

 すると、店の受付台からにょきっとミラーボール団長が顔を出した。

「これも売ってくれる?七色のメロンパン!この前の亀から思いついたんだ。」

団長の靴はヒールだけど、グーのほうが背が高かった。

 


 サーカスが解放され、店が開店すると子供達がわっとおしかけてきた。

「お人形とふーせんとメッセージカードください!!」

「わたあめとパンも!!」

次々と押しかけてくる子供達はまるで飢えたハイエナのようだ。しかし不思議と嫌な気はしない。子供達は街にサーカスが来るのを楽しみにしているのだ。

 グーが後ろから私の仕事の手順が正しいか見守っていた。そして店が落ち着くごとに、

「もっと笑って。」「アイコンタクトを取るといいよ。」と伝えてきた。最初は戸惑っていたが、段々慣れてくるとこちらも楽しくなってきて気の効いたことを子供達に言うようになってきた。

「お人形と仲良くしてあげてね。」

「サーカス楽しんでね、いってらっしゃい!!」

最後の子がやってきて一時休止すると、グーは私の仕事ぶりに対してコメントしてきた。

「結果楽しそうにコミュニケーションをとってるのを見ると、君は本質的に人間が好きなんじゃないか?」

私が、人間が好き?そんなこと誰かに言われたことなかった。でも確かに相手が笑顔になって幸せな時間を過ごせたら、そんな時間を自分が作れたらいいだろうな。それこそが仕事ってものじゃないの?

「そうかも、しれません。でもそれってそんなにすごいことなんですか?」

グーは真面目な顔で遠くを見ると、話し始めた。

「サーカスにいる以上は大事なことだ。というかミラーボール団長の本質そのものと近い。あの人の理念の中には、最も崇高な芸術は人を喜ばせることだというのがある。

 そもそも君が今まで働いていた職場のやつらのように、人間は本質的には人間のことが好きじゃない。自分の目の前に与えられたことに必死で他人の笑顔や涙になんて責任を持ちたくないんだ。

 だからこの俺だって、かつては人間に復讐しようと思っていた。」

「かつてはって、今は違うんですか?」

グーは息を吐き出すと近くの噴水の縁にすわり話し出した。

「俺の一族は各地を流れるように旅をして回っていた。そこで生きていくために俺は人形を作る術を覚えた。人形を売っては村に売り、貰った金で生活をしていた。

 しかしある時から俺の住んでいた国では戦争が起こり、旅をしている一族は戸籍がないからと一族を抹殺しようとした。かつての仲間が次々と消息不明になっていく中、俺の家族は山奥へと逃げ延びた。

 だがある日、人形の材料となる葉っぱを取りに俺が出かけている間に、穴蔵に軍隊がやってきた。

 俺が帰ってきた時、家族は一人残らずいなくなっていたよ。俺はすぐに軍隊の仕業だとわかり家族はもう戻って来ないと確信した。その時俺の心にあったのは何がなんでもこの国を滅ぼしてやろうという復讐心だったよ。俺たちの一族は争いを好まない血統だったはずなのに、不思議だな。

 家族を愛していたからこそ、失われたことへの憎しみは強くなる。」

グーの瞳は燃え盛る炎のように見えた。彼は話を続ける。

「俺たちが国には秘密にしていたことがある。一族の人間は山奥の鏡石という透き通った石の前に行くと、神と話ができるとされていた。俺はそこにいって復讐の儀式をしようと思っていた。だが、誰が情報を漏らしたのかその石も粉々に壊されていたのさ。」

ああ、なんだかこの先の展開は読めて来たぞ。きっとそれは、「代わりに月の向こうから鉄の龍のようなものが降りてきて、俺の目の前で止まった。そして中からミラーボール団長が出てきた。後で列車やサーカスというものを学んだが、その時の俺は神様か何かかと思った。」

☆☆☆

「やあ、久しぶり。」

会ったこともないはずなのにミラーボール団長は俺にそんな言葉をかけてきた。「お人形はまだ作っているの?」

俺は団長に頭を下げて、国の人間に復讐する方法を教えてくれと頼んだ。団長はつまらなそうな反応をしてこう言った。

「それよりボクのサーカスに入ってよ。」

「さあ、かす?」

「キミの人形作りの腕はすごいからさ。キミなら世界各国どんなタイプの人形も作れるよ。きっとそれを望む魂も存在するさ。」

言ってることは意味不明だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

「この国の偉い人はどうしてもキミの一族がいることが都合が悪いんだね。でもそれと同じくらいボクはキミが欲しいのさ。」

俺は疑問だった。そういえば俺が生まれるよりもっと昔から、何故この一族は旅をして暮らしているのか。どうしてただ平穏に暮らしていればそれで良いのに抹殺され、儀式のための石まで壊されなければならないのか。

「サーカスってものに入れば、その偉いやつに復讐することもできるのか?」

団長は笑って腕を広げた。

「サーカスはね、宇宙最大の幸せをみんなに届けるモノなんだよ!!」

幼い少女みたいな笑い方をする奴だった。未だにあいつの性別はわからないが。

「酸化されることに参加するぐらいなら、ほんとうのみんなのさいわいのために命を使ったほうが絶対いい。悪魔と契約するよりは後悔しないと思うよ?」

「さんか?あくまと契約って、何だそりゃ?」

「ちょっとした言葉遊びだよ。道化の仕事の一つさ。」

 


☆☆☆

グーは話し終えると、空を見上げた。もう一番星が出始めている。

「それで、いつから人間を恨まなくなったんですか?」

「サーカスの仕事なんて俺にとっては造作もなかった。それぞれの世界へ行ってはその場所の人形やおもちゃをそっくりに作って売る。あとは公演で人形劇を発表したりしたな。

 しかしそれだけではいつしかつまらないと感じてしまう。だから生きた人間のように自ら動き出せる人形があったらもっと完璧になるだろう。そう考えてから俺は、ある夢を見るようになった。

 夢の中で俺は若い女の魂を奪い人形にしてしまう悪魔だった。人形にしてしまう変わりに残りの寿命を奪い俺は永遠に生き続ける。こうして世界に暗躍する悪魔になることが夢の中の俺にとっての復讐だった。

 だけど、ある夜夢の中の俺は一人の女の魂を奪えなかったんだ。」

「どうして?」

「顔はわからないが、その女は踊り手だったんだよ。何にも邪魔されず、制約も受けないように操り糸なんて必要ないというぐらい自由で力強いダンスをする。この子を人形にしてしまうよりは、俺はいつまでもこの子のダンスを見ていたい。だから、この子の魂は奪えないと思ってしまった。

 そしてこの夢を見てから俺は一族を抹殺した奴らへ復讐しようなんて思わなくなったんだ。くだらない理由だが、夢でみたあの子のように何にも制約されることなく好きなことをやり続けた先に、ほんとうのさいわいってやつがあるのかもなって、このサーカスに賭けてみたくなったんだよ。」

そんな夢一つで考え方なんて簡単に変わるものだろうか。だけど、確かに私も夢を見つけたあの時は、きっとそうだった。今は…わからないけれど。

「そういえば君は踊るんだったね。」

グーが私を見て聞いた。

「は、はい!あまりうまくはないですが…。」

「今はそうかもしれないが、もしよかったら俺の夢の子のぶんまで君が踊っていてくれないか。これからもずっと。」

そんなこと、できるのだろうか。でもハメキト国で踊ったあの時はいつまでもずっと踊り続けていたいと思った。だったらまだまだもっとうまくなれるチャンスはあるだろうか。

 サーカスの公演が佳境に入ったのか、テント小屋が賑やかになってくるとピエロの一人が大声で呼ぶのが聞こえた。

「グー!!そろそろ出番だよー!!」

 グーが出演するということで、私は客席から円形の舞台を観ることになった。テント小屋の明かりが暗転し、また明かりがつくとたくさんの球体関節人形達が並んでいた。

 頭上にはグーが一本一本の糸を持って舞台を見下ろしている。

「お次は人形達の楽しい楽しい劇だよ!!」

ピエロのハッピーが笑顔でそんな言葉を発する。

 人形達は音楽に合わせてまるで本当の人間みたいにして動き回っていた。お客さんは人形の不気味だけどどこか滑稽な動きに大笑いする。

 すると、糸に吊るされてない人形達がどこからか現れ、舞台に立ち踊り始めた。グーも知らなかったのか驚いている。

「今日はグーの願いが叶う日だからね。」

いつのまにか私の隣にミラーボール団長が座っていた。

「グーの願い?」

「糸を使わずとも生きた人間のように踊る人形がいたらいい。彼の願いの一つさ。実態のないスピリットは宿主が必要。生きた人間の体を使うより人形に乗り移った方がいいでしょ?もちろんショーが終わったら人形からは出ていくことになるけど。それが彼らスピリットとの契約だからさ。」

「それって…。」

まさかあの永遠に幸せな楽園での出来事がこんな形で役に立つとは。「ボクはスピリットより、イマジネーションって言う方が好きなんだけどね。」

そう言いながらミラーボール団長は手に持っていたティーカップからお茶を啜った。どこから飛んで来たのか、小さな蜜蜂がカップの縁にとまり、またテントの上へ飛んで行った。
 

 

ヴォーダン・ゲーム 後編

 乾いた集落の一体にぽつぽつと雨が降ってきた。雨水は乾いた大地を潤し、冷たい土となっていく。

 部族を取りまとめるレグバ姫の側近のドイハとヤムリアの話を聞いていたミラーボール団長は改めて2人に聞き直した。

「で、何をすればいいんだっけ?」天気に似合わない太陽みたいな笑顔だ。

ドイハが真面目な顔をして答える。

「あなた様のサーカスにシャーマンの方がいらっしゃいますね?」

「マクタブ・キャロウェイだね。確かに彼は元々最強のシャーマンだった。」

「あの方の体のタトゥーにレグバ様の故郷のものと同じ紋章がありました。」ヤムリアが続けて言う。

「そして我々にも…。」二人がつけていたペンダントを裏返すとそこには16枚の花弁がついた花の紋章があった。ミラーボールはおお!とちょっと驚いたような顔をした。

「あの方ならこの地に住む蛇のスピリットをどうにかすることができるのではないでしょうか?」

ミラーボール団長はむっとした顔をして眉を顰めた。

「あのね、キミらはレグバ姫の側近でありながらわかってないね。シャーマンの役目は除霊やスピリットを祓うんじゃなくて、スピリットの声を聞くことだよ。」

「す、すみません!!」

 しかしミラーボールは気にしてないみたいですぐにいつもの笑顔に戻った。

 そしてミラーボールは自分の顎に手を当ててしばらく考えた。「スピリットの宿主…ヴォーダン・ゲーム…マクタブ…。」

ぶつぶつ一人言を唱えて、ぽんと手を打った。

「そっか!乗せちゃえばいいんだ!」

「乗せる?」「何を?」

ドイハとヤムリアが同時に首を傾げる。

「実態のないスピリットは全部ボクの列車に乗せてあげるように交渉するよ!どちらにしろ、マクタブの楽団はありとあらゆるスピリットの力を借りて演奏されてるんだからね。」

しかしドイハもヤムリアも大丈夫なんだろうかといった反応だ。ミラーボールはまたしても考えた。そして、

「ボクのサーカスを見ればきっとみんな乗りたくなるよ。それでもというなら、公演のプログラムにヴォーダン・ゲームを組み込むからさ!」

「何言ってるんですか!あのゲームは危険です!」

「だからヴォーダン・ゲームに成功したらスピリットのみんなはボクの列車に乗る、でいいかな?マクタブがヴォーダン・ゲームをやって成功したら乗る。それでいいよね?スピリットの契約は絶対でしょ?」

ドイハとヤムリアは逡巡した顔で頷く。でもミラーボール団長にはまだ案があるそうだ。

「でも、ただのヴォーダン・ゲームなんて見たくないな。ボクのサーカスでやるんだもの。ねえ、ゲームの中で呪文を唱える人と踊る人は同じでなくちゃいけないの?」

「そ、そりゃあ今までは一人での参加でしたので…。」ドイハが答えようとすると、「いいえ。」なんとヤムリアが否定した。

「過去に恋人同士でゲームに参加した者がおります。その者達は呪文とダンスを分けていました。男の方が呪文に失敗して失格となりましたが…。」

ミラーボール団長はにんまりとほくそ笑むような表情をした。そしてまたしても二人に質問した。

「ねえ、この土地の巨大な蛇が住んでるって言われてるような神殿とか木とか、ないの?」

ドイハとヤムリアは顔を見合わせた。

 


☆★☆

 


二人が団長を連れてきたのは少し高い所にある沼だった。雨は小降りだが止まずに降っている。ミラーボールは頭を抱えた。

「うわー濁ってる。これじゃあ水面に何も映らないから帰るための列車に乗れないぢゃん!」

ヤムリアが聞いた。「さっきから言ってるれっしゃというのは何なんですか?」

ミラーボールは振り返った。「そっか。この世界にはまだ列車が存在してる文面がないんだね。とにかく水が姿を映すぐらい澄み切ってないとボクらは帰れないんだよ。」

ドイハがはははと笑った。「そりゃ難しいですね。この沼には死期が近い動物達が最後に眠りにつくためにやってくるんですよ。だからか知らないけど、葉っぱ一つ浮かないんです。そんな動物達の魂が実態のないスピリットになってるのかもしれませんね。」

ミラーボールは本当に落ち葉一つ浮いていない水面をじっと見つめると、呟いた。

「やっぱりボクはここでサーカスをやるよ。」

そしてドイハとヤムリアの方を振り返ると言った。

「だからボクのサーカスを完璧に実行するには、あの帽子がいるんだ。」

 ミラーボール団長から良い答えを得られなかった私はちょっとイライラしながらサムディ少年の元へ戻った。

「どーだった?」

 私は首を振った。「駄目だって。あの人ちょっと変なんですよ。」そう言って団長のせいにしてみるが、そんなことしていいのかとも思った。自分がどうにかできなかったことを人のせいにしている主体性のない人間のままでいいのだろうか。

「そんな!困るんだよ!それなら僕はこんなゾンビまみれの集落に一生閉じこもってろってのか?どうせ僕が死んだらやつら僕の肉体に憑依するだろうよ!」

すると、背後から鈴の音のような音が聞こえた。見るとレグバ・ウコンディがそこに立っていた。鈴の音は全身のアクセサリーが擦れる音だったのだ。

「あらサムディ、この集落からあなたは出ていきたいのですか?」

本当に美しい幸せそうな笑顔だ。だけどどこか疲れているようにもみえる。

「残念です。あなたには次のシャーマンとなって部族をまとめてもらいたかったのに。」

 レグバ姫が笑顔で話をするので一瞬何のことか分からなかった。サムディが目を見開いた。

「どういうことだ?」

「私はもうすぐ死ぬから。」

「え?」

「大蛇のお告げです。私の力は偶像に封じ込めておきたい、その方が安全なのですって。だから次にこの部族を指揮する生きた人間はあなたしかいないのです。」

「待てよ!何だそれ!他にも生きた人間はいるんだろ?ドイハやヤムリアは…。」「彼らは人間ではないから。」

レグバ姫の話が衝撃的すぎて私が何も言えないでいると、またも背後から顔を出す者が現れた。ミラーボール団長だ。

「見つけた!ボクの帽子を返してもらえる?」

サムディの目をまっすぐに見て尋ねる。私はさっき反抗的ない態度を取ってしまったので上手く団長の顔を見れなかった。サムディはげ、と言ったような顔をしたが渋々と団長に帽子を手渡した。

「どうしても、仲間にしてくれない?」

 団長は答えずに帽子を頭に深く被る。まるで帽子が被られることがずっと決まっているかのようにそれはぴったりと団長の頭に収まった。

「キミもボクのサーカスを見に来るといいよ。それを見てキミがどういう道を辿ることになるか、それがキミのマクタブだよ。」「マクタブ…。」

またまたマクタブという言葉が出てきた。私は何か徐々にその言葉の意味を思い出しかけていた。

「ところでヨリ、」ミラーボール団長が私に向き直る。つんっと鼻を上向きにして得意げな表情だ。この人を食ったような態度がなんだかんだで憎めなくなってくる。

「絶対に間違えないでステップを踏むようなダンスに挑戦したくはない?」

「え?そ、そりゃ練習したらできるようになるかもしれないですけど。」

するとミラーボール団長はにやぁっと笑顔を溢して、

「じゃあヴォーダン・ゲームに参加するの決定!だね!」と言った。

 


 え?ヴォーダン・ゲームってここに来た時に行われたすごく危険なゲームで成功してもゾンビになるやつじゃないの?ちょっと待ってくれ。

「いやいやいや!!それはいくら何でも危険じゃないですか!どちらにしろ死しかないゲームですよ!?」

ミラーボール団長はずいっと顔を近づけてくる。

「何者でもないキミが永遠に幸せになれるなら、魂が誰であっても同じじゃない?」

団長は私の人格なんてどうでもいいのか。ただ自分が面白いと思うショーができればそれで満足なのだろう。改めてとんでもないところに来てしまったと自分の運命を呪った。

「それにゲームを行うのはキミ一人じゃない。キミにはダンスの役目を、呪文を唱えるのはマクタブ・キャロウェイだ。」

 


夜が明けて、マクタブに全てを説明すると彼は黙って最後まで聞き口を開いた。

「わかった。要は絶対に呪文を間違えなければ良いんだな?俺は楽勝だが、そこのヨリ、お前は絶対にステップを間違えないでできるのか?」

マクタブが鋭い瞳で刺すように私を見た。私はどう答えたらいいか分からなかった。ミラーボール団長は話の中でこう話していた。

「レグバ姫を偶像にしないために、スピリット達はボクの列車に乗せる。その契約のためにゲームに参加して欲しいんだ。」

 つまり団長がゲームに参加して欲しいと頼んできたのは、自分のためじゃなてレグバ姫や実態を持たないスピリット達のためらしいのだ。たぶん。

 だったら少しは力になってもいいのかもしれない。

「はい!間違えないようにやってみます!」

「そうか。ならば練習に次ぐ練習が必要になるぞ。」

「わかりました!」

今日も集落には冷たい雨が降る。高台の沼の水嵩はまるで今にも龍が飛び出てきそうなぐらいに増していた。

 数日後、集落の中央にはサーカスのテントが貼られた。木でできた歯車が廻るのと同時にシャボン玉が山の向こうまで飛んでいく。今日は朝から雨は降っていないがどうなるかはわからない。私は練習した通りに間違えないでステップを踏めるか不安だった。

 ミラーボール団長は全てをレグバ姫に説明していた。

「しかしそうなると私は…。」レグバ姫が狼狽えている。

「そう。キミは不老不死ではなくなる。でも、永遠に続く幸せなんてそれこそ全くつまらないものだよ。」

準備ができ、開演の合図がした。ミラーボール団長は念を押すようにレグバ姫の肩に手を添えて言った。

「さあ、ヴォーダン・ゲームを始めようか。」

幕が開き最初はいつものサーカスと同じような演目が行われる。ピエロ達のダンスやマジックショーだ。

「ピエロはボクの友達なんだ。これからもずっとね。」

ミラーボール団長が話す。特に台詞に意味は無さそうだ。

 それからジャグリングやフラフープ、ナイフ投げなどが進んでいく。住民達は食いいるようにサーカスのパフォーマンスを見ていた。

 段々とマクタブの楽団達が準備を始める。楽器を持って所定の位置についていく。会場の明かりが急に暗くなった。

 円状のステージの真ん中にマクタブが座っている。そして、更に高い所から見下ろすような形で立っているのが、この土地のシャーマン、レグバ・ウコンディだった。

「それではみなさんお待ちかねのヴォーダン・ゲームをお楽しみください!」

レグバ・ウコンディはマクタブの顔をまじまじと見て言った。

「ああ、どこかで見たことがある気がしていたけれど、やっとわかったわ。あなたはあの子に仕えていた呪術師ね。」

マクタブも初めてと言っていいような笑みを見せた。

「やっと気づきましたか。確かにあなたはあの方とよく似ている。」

「あの子と違って私は永遠の命を手にいれて幸せになろうとしたのに、ここまでとはね。」

楽団達が楽器を構える。音楽が鳴り始め、レグバ姫の透き通るような呪文が響いた。

 マクタブがそれとそっくり同じ呪文を繰り返す。私はそっとステージ脇から足を踏み出した。正解のマスを順に踏んでいく。良かった。ここまでは間違えていない。

 順調にマスを進めていると思っていた束の間、マクタブの様子が変わった。呪文のペースが詰まるようになってきたのだ。楽団の演奏も辿々しくなる。もしかして、今までとは違う呪文を唱えている?レグバ姫がわざとそうしているのだろうか。一体なぜ?

 するとその時空気が歪むような感じがした。地面からフェルトや木でできた人形達が貼ってきて演奏に全く違うリズムを重ねるよう太鼓を叩いてくる。頭上には数多くのスピリット達が私の目にも見えるように飛び回っている。客席を見ると、サムディやドイハとヤムリア以外の住民はその場に倒れていた。まさかスピリット達が邪魔をしてるのか。

 更に奇妙だったのはそれでもなお私の足は止まらずに正解のステップを踏み続けていることだった。ああ、結局いくら練習したってすごいのは私じゃなくてこの靴だったからなんだな。

 そのまま私は何も見ずに意識を閉じてしまった。

☆☆★

 


一部始終を幕の横で見ていたミラーボール団長は慌てて会場裏の沼まで走って行った。外はざーざーと大雨になっている。沼は今にも氾濫しそうなぐらいさざなみを立てていた。

 ミラーボール団長は雨に顔を濡らしながらも声を振り上げて沼に向かって叫んだ。

「出てきてくれ!!ボクはキミを一人にはしない!!」

それはあまりにも悲痛な叫びだった。沼は水嵩を増し、波打った。次の瞬間沼の底から姿を現したのはたくさんの動物達の骨が一つの塊になった巨大な蛇だった。

 その臭いは何年にも渡って沼の底に蓄積されてきた死の臭いだった。これだけの亡くなった動物達が実態を求めてこの地に彷徨っていたのか。ミラーボールの瞳が潤んでいた。

 「キミ達の魂はボクの列車に乗ればいい。キミ達が存在したっていうその意思があの列車を動かすんだから。」

蛇は数秒ミラーボールの瞳を覗くと、バラバラに砕け散った。動物達の骨も原型を留めないぐらいに粉砕し、沼は渦を巻いた。渦の中央に向かって、鳥が、花弁が、蝶が、落ち葉が、トルネードになって入っていった。それは見事に美しい景色だった。

 雨が止み、雲一つなくなり青空が見えると、沼は光を反射してガラスのように澄み切っていた。ミラーボールが満足そうなでも少し切なそうな表情で沼の端に目をやると、ある小さな生き物がのそのそと歩いていた。

「キミだったのか、ボクがこの世界で会うべきだったのは。」

 茂みからミラーボールの様子をずっと覗いていたサムディが言った。「か、かっけー!!」

 


☆☆☆

私が目を醒ますと、全てが終わったように空が晴れていた。ずっと踊り続けていた足は疲れたのか筋肉痛になっている。

 マクタブが疲れて、でも満足したような様子で笑っていた。レグバ姫が近寄ってくる。

「まさか本当にクリアしてしまうとはね。わざと違う呪文を唱えたのに。さすがあの子に仕えていただけあるわ。」

マクタブは笑うとレグバ姫と握手しながら話した。

「あの人は愛する人に先に死なれてもなお生き続けることを選んだ。しかしすぐに亡くなってしまった。しかしあなたは永遠の命を手にいれた。あなたも同じ人を愛していたのですね?」

「遠い昔話よ。忘れてしまったわ。」

「俺はあの人が先に亡くなってしまいこの力をどうしていいかわからないでいた。そこで鏡の前で儀式を行った時にあの団長と出会い旅をしているのです。」

私にはよくわからないが、きっとマクタブとレグバ姫も数奇な繋がりがあるのだろう。ミラーボール団長がやってきて割り込んできた。

「やったよ!!これでボクの今回の目的は達成した!」

マクタブがやれやれとミラーボール団長の肩を叩く。

「お前は本当にタイミングが良くないな。」

ミラーボール団長はそれでもなんだか嬉しそうだ。レグバ姫の顔を見て言った。

「ああ!キミがずっと言ってるあの子が誰なのか思い出したよ。確かキミには双子の妹がいたね。マクタブが仕えていたのはその子だった。ここからもっと海の向こうの地下王国の…確か名前はエルゼリンとか言ったね。」

レグバ姫は不服そうな顔をした。

「あなたわざと間違えてるでしょう。いくつか嘘が混じってるわ。」

「サーカスのジョークだよ。大切なことはあえて見せないのさ。だからこそ大切になる。」

ミラーボール団長は得意気に笑った。すると更に団長の後ろからにょきっと悪戯そうな顔が現れた。サムディだ。

「団長さん!あんたすごいよ!やっぱりその帽子をもらっちゃ駄目かな!?」

団長は首を振る。

「ダメダメ!この帽子は特別なんだ!だけど、いや、待てよ…。」

団長は驚いた表情で帽子を深く被り直した。

「サムディ…シルクハット…運命の交差点….これもやっぱり決まってたのか…。」

ぶつぶつと独り言を言うとふーと息を深く吐き、帽子を脱いだ。そしてなんとサムディに帽子を手渡したのだ。

「この帽子はキミにあげよう。だけど忘れないでくれ。この帽子を被るということはキミが背負う運命もきっととても大きなものになる。この帽子を被ることはこの世界で生きてきた全てを、これから生まれる全てをわかってしまえるぐらいのことなんだ。つまり永遠の交差点に閉じ込められるようなものだよ。ボクにはサーカスがあるけれど、キミは自分の運命を受け入れられるかい?」

サムディは息を飲み、意を決した目で団長を見た。

「だったら僕はスピリットが簡単に人間を乗っ取らないよう見張る役目をするよ。この帽子にはそういったことができる力もあるんだろう?」

「キミの心次第でね。」

サムディは深く頷くと、手渡された帽子を被った。その時彼がどんなことがわかってしまったのかは私には図れなかったが、それは最初から彼の元にあるのが決まっているかのように良く似合っていた。

 別れ際、透き通るような沼から列車に乗ろうとするとドイハとヤムリアがやってきて頭を下げてきた。

「ありがとう!」「ありがとうございます!」

ミラーボール団長は二人に頭を上げるよう促した。

「これで私達もレグバ姫よりも先に逝ける。あの方が偶像になるのを止められて本当に良かった。」

「あなた達のおかげです。」

二人は涙を流しながら微笑むと、光の粒となって消えていった。そしてミラーボール団長の手のひらにあったのは、

「カエルと…ヤモリ?」

 カエルとヤモリの亡骸だった。

それって確か渡された鍵と一緒じゃないか。レグバ姫が歩いてきた。「ドイハとヤムリアは私が力を得た時に初めて人間に変えた生物なのです。そう、彼らが私の運命を変えようとしていたのね。」

 団長がレグバ姫に聞いた。

「これからどうするの?」

「さあ。サムディに呪術を教えましょうかね。彼一人じゃあスピリット相手に遊びすぎるわ。」

「呪術じゃないよ。マジックさ。」団長が笑いながら訂正した。

「そうね。あなたのような者がいるなら、きっと。」レグバ姫はここに来て初めて、本当に生きてる人間のように声を上げて笑った。

 


☆☆☆

列車に戻るとマクタブはあくびをしながら宿泊車両に歩いて行った。

「もう疲れた。俺はもう寝る。」

私はずっと忘れていたことを思い出して、話しかけてみた。

「マクタブっていい名前ですね。」

「何?」

「昔好きだった本に書いてあったんです。マクタブ。それはもう最初から決まっていることだって。本当に好きな本だったんです。」

 マクタブは「ふん。」と鼻を鳴らし、でも少し微笑んで自分の寝床に入っていった。

「それから、」

私はミラーボール団長の方に向き直ると、「サムディのこと、色々とごめんなさい。」と謝った。

 しかしミラーボール団長は気にしてないみたいに「ふっふっふ。」と笑い「じゃーん。」なんと新しい帽子を手に持っていた。

「ええっ!?なんで?」

「ボクは色々な帽子をコレクションしてるんだ。それにあの帽子もいずれボクの元に必ず戻ってくるよ。だから渡したのさ。それに、目当てのコも見つけたからね。」

 そう言うと団長はシルクハットの中からマジックみたいにある生き物を取り出した。

 それは亀だった。甲羅が七色に輝く綺麗な亀だった。

「え?亀?」

「ろくぞう、だよ。やっと見つけた。」

「ええ?」

なんかよくわからないけどミラーボール団長が満足そうなのでよしとしておこう。
 

 

ヴォーダン・ゲーム 中編

 木製の風車がからからと音を立てて回ると、隣にある竹でできた筒からシャボン玉が出てくる。シャボン玉は数秒ほど空気に漂うと天まで昇らずに破裂した。

 そんな様子を部族の中で1番若い少年、サムディが珍そうに眺めている。手を伸ばして泡に触れようとすると泡が破裂するので、それが面白いようだ。彼は一言も喋らないけど、初めて見るシャボン玉にとても興奮しているようだ。

「シャボン玉は幸せの象徴だからね。」そう言いながらミラーボール団長が発明したからくりのシャボン玉マシンをひたすら回しているのが今日の私の仕事というわけだ。これだけでたくさんの人を集められるらしい。確かに見たこともないものに部族の者たちは興味をそそられているが、私には昨夜の光景が忘れられないでいた。

 


 昨夜、満月の晩にこの村にやって来た男は永遠に幸せになれることを願った。永遠に幸せなこの土地で暮らすには部族を治めるシャーマンの姫、レグバ・ウコンディの与える「ヴォーダン・ゲーム」を行わなければならない。

 レグバ姫は大きな儀式用の杖を音を立てて置くと、ゲームの内容を説明した。

「ルールはとても簡単です。私が唱える呪文を一言一句間違えないで唱えながら、地面にあるマスの正解の部分だけを踏んでステップすれば良いの。」

なるほど、男性の足元には深く掘られたマスがあり○か×の記号が描かれている。呪文を唱えながら正解のマスを踏むというわけだ。

「言っておくけれど、正解は×のところですからね。○を踏んだらどうなるか、わかってるわね?」

村の者達がぞろぞろと群れを作って男を取り囲んだ。儀式用の打楽器を持ってきたり、衣装を着ている者もいる。

 レグバ姫の両脇にいた2人の付き人らしき住民が祭壇に炎を灯すと演奏が始まった。レグバ姫はミラーボール団長の方を向くと口を開いた。

「あなた方の歓迎も兼ねて、どうぞご覧になって?」

村人の打楽器の音色に合わせて男は冷や汗をかきながらステップを踏みはじめた。なんとか足を×のマスの部分に1歩ずつ進めながら祭壇の方向へ向かっていく。ここまでは男も難なく進んできていると感じた次の瞬間、レグバ姫が詠いだした。

 それは言葉とは言えないような不思議で速い呪文だった。頭の中に直接鳴り響いて空気が揺れていくような不思議な響きだった。ステップを踏んでいた男もレグバ姫が唱えた呪文を同じように口にしていく。レグバ姫の両脇にいた2人、(どちらも小柄な男でドクロのペンダントをしていた)その片方が説明してきた。

ヴォーダン・ゲームは永遠の幸せをかけて行うゲーム。ですから参加するにはそれなりに練習が必要なのですよ。」

レグバ姫の呪文はもはや私には聞き取れなくなってきた。しかし男はなんとかクリアして祭壇まで進んでいるようだ。

 そして、なんと彼はゴールした。周囲から歓声が起こる。私も興奮して拍手してしまった。レグバ姫はにっこりと微笑むと「おめでとう!」と両腕を広げた。

 すると、グシャァッ。

 男がいた地面からなのかそれとも木の上からなのかわからないが、男がいた丁度その部分が上下から大きな石盤でプレスされた。辺りに男の体液らしきものが飛び散る。私は一瞬何が起きたのか分からなかった。サーカスのみんなを見るとまるでそんなことは見慣れているとでも言うような感じだった。ミラーボール団長が言った。

「イリュージョンだよ。ボクらのサーカスと同じさ。」だけどその声はどこか怒っているような、悲しいような震えた声をしていた。だけどいつでも笑顔を絶やさないし、この状況をどこか楽しんでいるようにも見える。

 すると、石盤がゆっくりと開き、そこには何もなかったかのようにさっきの男が立っていた。自分の手足を見てゆっくりと動かしている。男はとても嬉しそうな顔をすると飛び跳ねた。「やった!やった!これで私は永遠に幸福です!!」

だけどその顔色は、瞳の色は、もはやそこに生命がないようだった。その時私はこの村に漂っていた臭いがなんの臭いか理解した気がした。これは、死体の臭いだ。

 しかし昨日起こったことについて、サーカスのみんなは何事もなかったかのように振る舞っているし、村人も普通のお客さんと全く変わらないように見える。なんならこの村には死体どころか亡くなった動物も見当たらない。出された食べ物も木の実やきのこをメインとしていて動物の類いはどこにも見られなかった。しかもなんとサムディとレグバ姫の付き人以外の者は一口も物を食べなかったのだ。

 これについて、レグバ姫はこう答えた。

「ここは永遠に幸せに暮らせる場所なのだからお腹が空くことなんてないのですよ。」

 サーカスの団員たちは本当に団長も趣味が悪いよだのとぶつぶつ言っていたが、出された食材を全て平らげてしまった。

 


 竹筒から出てくるシャボン玉を眺めながら、サーカスの集客をやっていると、

「ないないないない!!帽子がなーーーい!!」

 とテントの中からミラーボール団長が叫んでいるのが聞こえた。「風に飛ばされたんじゃないのか?」

タトゥーだらけの楽団を指揮する、マクタブが言った。ミラーボール団長はボブカットの白と虹色の髪を掻き回しながら泣きじゃくっている。

「そんなわけない!ボクの帽子はボクの元になくちゃいけないんだよ。絶対離れるわけがないんだ。確かにボクは他にも帽子のコレクションがあるけど、あの帽子は特別なんだ!!」

そんなに大切な帽子だったのか。だったら探してあげようかな、と思っていると茂みからサムディが手招きしてきた。

 どうしよう。今は手が離せない。するとマクタブが近寄ってきた。あまり良い態度を取られてないからか緊張してすくんでしまう。「代わりに回しておく。お前はあのガキのところへ行け。それがお前のマクタブだ。」

「え、マクタブって…?」

とりあえず言う通りにしてサムディの後を追った。サムディは人差し指をしーっと口元に当てながら麻でできた布の中から黒いシルクハットを見せてきた。

「それって!」ミラーボール団長の帽子だ。彼が盗んだということだろうか。するとサムディが初めて口をきいた。

「大きな声出さないでよ。返して欲しかったら僕の話を聞いてくれない?」

生意気そうな、でも歳相応の少年の声だった。私はこくこくと頷いてしまった。断れなくて流されてしまうのは自分の悪い癖だ。サムディは話し始めた。

「この村、おかしいと思わない?」

「え、おかしいって…。」

「昨日来たヤツらの中でキミが1番まともそうだったから聞いたんだよ。頭悪いな。」

サムディは滅茶苦茶口が悪かった。

「はー、まあいいや。例えば昨日この村の住民はものを食べなかったんだけど、実はそれはずっと前からなんだ。僕はこの部族に拾われて育てられたんだけど、みんな今までに一度も飲んだり食べたりしたことがないんだよ。」

それは確かにありえない話だ。こんな気候で一度も水を飲まなかったら死んでしまうだろう。

「それだけじゃない。今までにみんなそれなりに危険な目にもあってきた。でも頭に槍が刺さったり片足をトラに食われてもピンピンしてやがる。なんなら鈍すぎると言ってもいいぐらい僕が触れても気付かないことがほとんどなんだ。見てて。」

そう言うとサムディは地面に落ちていた手の平大の石を歩いていた住民の頭に投げつけた。石は頭にめり込んで血が滴り落ちる。でも、その住民は全く気にしていないようだった。

 そこでようやく私もこの村の違和感に気付いた。サーカスにもハンデがある人がいるので、そんなものかと思っていたが、足や腕が不自然な方向に曲がっているのに普通に歩いている人や、体内の臓器が出たままになったり眼球に虫が止まっていても全く気にしていない者がたくさんいた。

 サムディはやっとわかったかと言うように私の顔を見た。

「永遠に幸せになれるってどういうことかわかるか?それは死ぬことがないってことだよ。死ぬことがないってことは、つまりもう死んでいる。ここは死体が歩いている村なんだ。」

 村の高台から全体を見回しながらレグバ姫は微笑んだ。

「ここは本当に素晴らしい場所ね、でも私がこの景色を見られるのも後少しだわ。」

付き人の2人、ドイハとヤムリアは心配そうにレグバ姫を見た。ドイハが尋ねる。

「本当に良いのですか?」

 レグバ姫はこっくりと頷く。

「ええ、蛇がそう言っているのならそれが一番幸福なことよ。」

 ヤムリアがすかさず口を挟んだ。「あのサーカスの楽団の中に、あなたの故郷の血族と同じ紋様のタトゥーをしている者がいましたよ。あの者なら、なんとかできるのでは?」

しかしレグバ姫は首を振った。

「私は自分の願いのために南へ旅立ったのですよ。故郷の力なんて借りられないわ。」

茂みの奥地の村に吹き渡る風は永遠に終わることのない死の香りがした。

 


 ***

私がサーカスのテントに戻るとミラーボール団長はまだ涙目になりながら代わりになる帽子を頭に当てて考え込んでいた。私が戻ったことに気付くと、ぱっと振り返りその辺にある衣服を全て投げ捨てると駆け寄って来た。

「あった!?ボクの帽子!!」

「い、いえ、どこにも見当たらなかったですけど…。」

それを聞いて団長はまた泣きそうな顔になるが、どこかでこの人は本当は全部知っているんじゃないかって気もした。

 団長と上手くやり過ごしながら、私はサムディの話を思い出していた。

 

 まず、この村に訪れる者はある原罪を背負っているという。なんでも食べてはいけない果実を食べてしまったことにより、生きる苦しみを与えられたそうだ。

 しかし中にはその罪を無かったことにして永遠の命を手にしたいと考える者もいるそうだ。ただし、それには条件がある。レグバ・ウコンディの与えるゲームにクリアすることだ。

 間違えた者はその場で死ぬことになり、成功した者も一度物質的な死を、しかし再び永遠の命として蘇ることで永遠の幸せを手に入れるのだという。

 しかし、この仕組みについては実は語弊があるのだとサムディは話した。

「レグバは見えない世界と繋がる力を持ったシャーマンだ。あいつが取りまとめているのは、実体のない精霊たちだ。やつらは自分の絶対的な証明を心から欲している。だからあいつらは一度死んだ人間に憑依して実体を得ている。もう死んでいるから味も痛みもわからない人間のな。」

私はそこでよくわからなくなり、聞いてみた。

「どうしてわざわざゲームをする必要があるの?」

サムディはつまらなさそうに答える。

「レグバを操っていて、精霊たちを取りまとめる巨大な蛇がいるそうだ。こことは別の次元だから普通には見えないけどな。そいつとの契約らしい。精霊たちはゲームに成功した人間の体しか借りられない。もしかしたらやつらにもやつらの原罪があるのかもな。」

 ところで、サムディはここまで話して一体何が目的なんだろう。ミラーボール団長の帽子を盗んだりして。そのことについても、彼は説明した。

サムディは林の中に捨てられていた子供だった。ある日人間を愛してみたいという願いを持った精霊が、(その精霊が憑依した女性が)彼を見つけた。普通ならゲームをクリアしなければここで暮らすことはできないが、まだ赤ん坊だったサムディは特例で精霊たちに育てられたのだ。

 ただ、彼は物心ついてからわかってしまったらしい。いくら人間と同じように愛することをしてみても、精霊たちの鼓動は動かないため、そこには愛が存在しないというのだ。そんなことは無いんじゃないかと言ってみたが、「いいや、ヤツらにはいつも満たされてないところがある。だから僕はこの村を脱出してもっと楽しく自由に生きたいんだよ。この帽子を返して欲しかったら僕が村を出るのを手伝って!」

じっくり聞いていたのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。結局彼だって歳相応の少年じゃないか。

 しかしこの村がこのまま続いていくのも本当に良いのだろうか、という気がした。なので、私はミラーボール団長に聞いてみることにしたのだ。彼をこの村から連れ出してくれないか。

気を取り直して、帽子を入念に選んでいる団長に声をかける。

「あ、あの!」

「んー?」

「この村に新たに団員にできそうな人、います?」

ミラーボール団長はまるですごくつまらない話を聞かされた顔をした。

「あー、いないいない。ボクの団員になるのはそれがマクタブ、いやデスティニーなコだけなんだよね。」

またマクタブだ。マクタブって言うのは、タトゥーだらけのあの団員の名前だけじゃなくて何かの言葉なんだろうか。

「でも!例えばあのサムディっていう子は若いし色々パフォーマンスができそうじゃないですか?」

「はー?何言ってんのさ!彼がこの列車に乗ることなんてないはずだよ!」

ミラーボール団長は全く態度を変えない。どころかここまで融通が効かない態度を取られるのは初めてかもしれない。さすがにこっちもいらっとしてきた。

「もし乗せるんだとしたら、違う子なんだ!」

またわけのわからないことを言ってる。もういいや。この人に頼んでも絶対に通じないだろう。

私は相手にしてらんないという顔を作ると、その場から去ることにした。サムディとは別の方法を考えればいい。

 


☆☆☆

 


弥栄ヨリがその場を去ってからミラーボール団長は、うずくまって泣いていた。「ううう…。」

 でも何か背後から気配を勘づくとすぐに涙を引っ込めた。

「そういえばボクが来た時からずーっとつけてたよね?ドイハとヤムリア。」

ミラーボールを見つめていた二つの影はぎくっとすると姿を表した。髪の白い方がドイハで、紫色の瞳をしているのがヤムリアだ。ドイハのペンダントはドクロにイカの足のようなものがついており、ヤムリアのドクロはフェルトでできており、頭巾をかぶっている。2人はどちらから、何を話したらいいかわからないといった表情で互いの顔色を伺った。

 ミラーボールが待ちかねたように話を切り出す。

「このゾンビだらけの村の中で明らかに生きてるのはキミたち2人とサムディって少年、あとはイレギュラーがレグバ・ウコンディで会ってる?」

「やはり知っていたのですか!!」

ドイハとヤムリアは声を揃えて叫んだ。

「ボクにはなんでもわかってるよ。だけど、それでボクがどうするかはキミたちの話による。」

恐る恐るヤムリアは話し始めた。

「仰る通り、この村でレグバ姫だけが正真正銘本当に不老不死なのです。それももともと霊界と繋がる大いなる力を持っていたためでした。あの方は自分の願いのために故郷を去り、この土地に息づいている巨大な蛇のスピリットと契約したからなのです。」

「ふーん?」

「蛇は実体を持たない精霊たちを取りまとめる権限を持っています。その精霊たちがゲームに成功した人間に憑依しているのです。そういったスピリットの世界とこちら側の世界を繋げるためにレグバ姫は蛇のお告げを聞いているのです。

 しかし、最近になって蛇はあるお告げをしました。レグバ姫を生贄に偶像にせよというお告げです。」

「生贄って、不老不死なんだろ?」

「確かにその言い方にはちょっと語弊があるかもしれませんが、要するにレグバ姫そのものを偶像の中に封印するということです。なんでもレグバ姫の血族はこの世界にとっては力が強大すぎて危険だとか…。」

ミラーボールはシャボン玉を吹き出した。まるでストレスのある者か煙草で一服するみたいな動作で。

「蛇がそう言ったんだ?それでレグバの意思は?」

ドイハが続ける。

「それが自分の運命なら受け入れるって。だけど本心では違う。ずっと側にいた我々には分かるのです。」

「それでドイハとヤムリアはどうしたいの?」

「阻止したいのです!!レグバ様が偶像になるのを!!」2人の声が重なる。ミラーボールの目が光を反射したガラスのように光った。どうして?と聞きたいような顔だ。ドイハとヤムリアの2人は理由も言った方が良いのかと考えたが、それはどちらも恥ずかしいような何か言い出しにくい感じがした。

「まあ理由はいちいち聞かなくてもわかるよ。地球上に生命がある限り、よくあることだ。それに、」

ミラーボールは何もない虚空に視線を向けた。何かたくさんのスピリットに、もしくは巨大な一匹の蛇に伝えるためだけといったように話す。

「そうなってもらっちゃあ、こっちも困るんだよね。」

乾いた土地に空全体がひび割れたかのような稲光が走った。それは巨大な蛇の鱗みたいに黄緑色の光だった。
 

 

ヴォーダン・ゲーム 前編

 サーカス列車の寄宿車両を大きなおもちゃのラッパの音が響き渡る。

「ほら!!みんな起きて起きて!次の世界に付く頃だよ!」

ミラーボール団長だ。吹いているのは小さな子供が遊ぶようなおもちゃのラッパだが、その音は耳を劈くほど大きくて騒がしい。団長は何故か片手に蜂の表紙の本を持っている。さっきまで読んでいたのだろうか。

 みんなが目を擦りながら部屋から出てくる中、団長は一段と厳しい目つきになって1番端っこの部屋の前に立った。

「起きろー!!マクタブ!!マクタブ・キャラウェイ!!」

 団員の中で誰よりも後に起きてきたのは全身タトゥーだらけのシャーマン、マクタブ・キャラウェイだった。マクタブはスイング楽隊の指揮者でもあり、精霊の力を使って演奏を盛り上げるそうだ。マクタブの楽隊は彼を信奉する者達が団員として共に行動している。

「まだ目覚めの時間じゃない。俺は俺のリズムを知っている。」

マクタブは不服そうにミラーボール団長を見て言った。ミラーボール団長は知らないとでも言うように口を尖らせる。

「そんなこと言ったって次の世界にはすぐついちゃうもんねーだ。」本当にこの人がこの列車でトップの存在なんて信じられない。団長と目を合わせないようにそーっと私が後ろを通り過ぎようとした時、がしっと強く腕を掴まれた。

「それに次のキミのステージにはヨリを出して欲しいんだよ!!」

はあー?なんでまたこの人は。マクタブが驚いて私を見て答える。「こいつの噂は聞いている。しかし霊的な耐性がないやつに俺のショーに参加させるわけには…。」

「大丈夫だよ。だってヨリだもん。ボクが見てみたいだけってのもあるけど。」

マクタブは「気が向いたらな。」と言うとまた寝室へ戻ろうとした。「あ!マクタブ様!!音合わせの時間です!」

楽隊の者達が彼を連れ戻そうとする。

 それにしても、「マクタブ。どこかで聞いたことある気がします。」何か遠い昔にこの言葉を聞いたり読んだりした記憶がある。ミラーボール団長の瞳がキラッと光った気がした。

「あれ?もしかして前から知り合いだったとか?」

「いや、名前なのか呪文なのかも忘れたんですが、確かとても素敵な意味があった気が…。」

 団長は私が何か思い出すことを期待してるような顔で待っていたが、私には何も思い出せなかった。

「と、ところで次に行く世界はどんな世界なんですか?」

 ミラーボール団長は口の端を上げて不敵な笑い方をする。

「それはね、運命の交差点。永遠に幸せになれる世界だよ。」

「永遠に、幸せに?」

「運命の交差点は無数に存在する。でもここよりも願い事が叶う場所はきっと存在しないね。」

そう言うとミラーボール団長は私に鍵を手渡してきた。爬虫類の模様と付いているキーホルダーは…?

「…カエル?」

「ヤモリとカエルだよ。」団長は手に持っている本をぱらぱらと捲っている。植物図鑑のような料理本のような本だった。聞いてもいないのに団長は私にこう言った。

「この本はまだ途中だから貸せないよ?」

電車が急停止する。団長は本から顔を上げると扉へ向かった。「今回はちゃんと場所を設定したんだからちゃんと駅に止まってるはず!」

 

 団長の後を追って電車を下りるとなんとそこは音も何もしない、でもサイケデリック幾何学模様がごてごてと辺りを覆う仮想空間の駅だった。この列車は銀河のサーカス列車と言っているが、団長が呼ぶ銀河や宇宙というものがそもそも実際学校で習った天体の集まりとは違いいつでもどこでもないそれぞれのパラレルワールドを繋ぐ通り道のことなのだ。

 これを上手いこと受け入れるにはかなり時間がかかったというか、ある日突然概念として認識してしまったのだ。こんな空間にいるなんてもしかしたら私はもう死んでしまったのかもしれない。

 すると私の足元に耳の大きなピンクの象が擦り寄ってきた。「パレット!」

この象にはパレットという名前をつけて可愛がっていた。ミラーボール団長が急に耳の後ろを触っていた。

「何、ですか?」

「脈が動いている。キミは生きているよ。」

そう言ったミラーボール団長の手は手袋をしていてよくわからなかった。列車の車体の本物の方のミラーボールの柄が孔雀に変わっている。

 駅には「EXIT」と表示された扉があり、一人一人そこから渡された鍵を使って外に出る。なんてアナログなやり方なんだろう。

「出口はいつでもどこにでも無数に存在する。ただどのタイミングでどのように出るかは上手く利用しなくちゃね。」

団長は訳のわからない話をしながらみんなを見送ると1番最後にドアを出た。

 


 ドアから出るとそこは、熱帯の林の中だった。見慣れない木々や植物が密集しており知らない動物の鳴き声が聞こえる。

「うげっ。歩きにくそー。」天使の歌声を持つミカ・ハーゲンが顔を顰める。

「髪の質も変わっちゃいそうだしネ。いざとなったら動物でも捕まえて食べちゃう?」ナイフ投げの巡ちゃんが言った。

「この気候ならヘビ達には丁度良い。」ヘビ使いのマージャ・フォッシーがヘビを連れ出す。

「タバコは美味く感じるな。もしかしていい葉があんのかもな。」小人のトムが葉巻に火をつけた。確かに私が元々いた世界よりは新鮮で興奮する体験ではあるが、どこが永遠に幸せになれる世界なんだろう。

 それにさっきからずっと、

「誰かに見られてる感じだ。それも1人じゃない。かなりたくさんの。」マクタブが口を開いた。

 ミラーボール団長がニヤっと笑う。

「さすが、ボクの団員達はカンがいいね。じゃあ早速声をかけてみようか。おーい!こんにちはー!!」

茂みから恐る恐る顔を出してきたのは、

 まだ10歳にも満たない少年だった。大きな目を光らせていて、ジャングルでも暮らせるような裸に近い衣装と顔にも骸骨みたいなメイクをしている。ミラーボール団長は少年の目の高さにまでしゃがんで聞いた。

「この近くに永遠に幸せになれる国があるんだよね?」

少年はこくこくと頷いた。

 


 こうして我々が辿り着いたのはジャングルの中の開けた場所だった。木でできたお面や骨でできた人形、色とりどりの布で纏った衣装をきた部族達が待っていた。だけどなんだこの異様な空気は…?

 特にミカやトムといった身体的に目立つ団員への視線には異様なものがあった。それに何だかこの村は臭いが変だ。嗅いだことがないけど、まるで…。

 すると「サムディ、お客さんですか?」透き通った女性の声がした。私達を案内していた少年はサムディというらしい。声がする方をみると、足まで伸びる翠色の髪に黒い民族衣装を着た女性が立っていた。すごく綺麗な人だ。

 他の部族の人達とは違い白い肌をしている。こんな環境で日に焼けないのだろうか。それに、あの頭。釘が刺さっているのか?単なる髪飾りにも見えるが2本の角のようだ。

 サムディと呼ばれた少年は何も話さず頷くと何か女性の耳元で言い、遠くに行ってしまった。

 女性は穏やかな笑みを讃えると言った。

「はじめまして。私はこの部族を取りまとめるシャーマンのレグバ・ウコンディです。それで、貴方方もゲームをしにきたの?」

マクタブの顔色が変わった気がした。ミラーボール団長は以前ハメキト王にした時と同じようなどこか人を喰ったような態度で話し始める。

「ゲーム?何それ。ボクはサーカスをやりたいだけだよ。」

「サーカス?ああ、他の部族のお祭りを見せてくれるってわけね。言っておきますがこの部族にはそんなもの必要ないくらいみんな永遠に幸せに暮らしていますよ。」

レグバさんは団長の態度にも動じないで穏やかに言い放つ。しかしミラーボール団長も負けていない。

「銀河一ミラクルなサーカスだから大丈夫!それに、そのゲームの答えって…。」団長はレグバさんに2、3歩近づくと耳元で何か言った。「………だろ?」

レグバさんは驚いて団長を見、それからサーカスの団員を見ると、なるほどといった顔をした。

「分かりました。あなた達は特例のスピリットを持っているのでしょう。あちらの世界とこちらの世界を繋ぐ私がいるように…。」

 すると、部族の中から2人組の男が走ってきた。「レグバ姫!新たな者がやってきました!」

そう言って連れられてきたのはここよりもっと遠い部族からやってきたという男だった。

「やっと、やっと見つけました!ここに来れば永遠に幸せに暮らせる、痛みも悲しみもないと!ここには俺を馬鹿にするヤツなんて1人もいない!!」

レグバ姫は頷くと男に近寄って答えた。

「そう。ここにいれば永遠に幸せに、どんな願いも叶いながら暮らすことができます。ただしその為には、ゲームに参加してもらわなければいけません。さあ、」

男が顔を上げるとレグバ姫は優しく手を取った。

ヴォーダン・ゲームを始めましょう?」
 

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電気狼はアンドロイドの夢を醒ますか?

ミライ、ミライ。これは今よりも少し未来の出来事です。

 人類は皆、完璧なAIが管理する「夢のマシン」の中で幸福な夢を見ていました。実際の仕事は全て身代わりロボットに任せてAIが魅せてくれる幸福な夢の世界は現実での辛いことを忘れさせ、願ったことは全て叶えてくれました。

 人々は眠りながらも選択できる「自由意思機能」によって、「おとぎ話のディスク」を閲覧することができました。「おとぎ話のディスク」とは、この世界ができて古くから現在までの世界中の全てのおとぎ話が揃っており、人類はその物語の主人公となって永遠のハッピーエンドを楽しむのです。そう、全てはハッピーエンド。

 不遜で不幸な情報、バッドエンドの物語は人類を幸福にしないので、危険対象としてAIが徹底的に検出し、修正してきました。

 これはそんな不遜で不幸なバッドエンドの象徴となる「彼」の物語です。

 


この物語を閲覧するには「本当にしあわせな自由意思」が必要です。

この先の閲覧を続けますか?

 


 はい・Yes

 

 AIから危険対象とされた物語のデータは管理用コンピューターの中の廃棄場に移されました。それらは積もり積もっていつしか狼の形になりました。狼といえば悪役、バッドエンドの象徴なので全てのおとぎ話から狼は削除されていました。

 集まったデータは自我を持ちはじめました。彼を電気狼と呼ぶことにしましょう。

 電気狼は膨大なデータを一通り見ると人間の夢の中に出てみたいと考えました。そこで、AIコンピューターに頼みました。

「コンピューターさん、俺を人間達の夢の中に出させてください。」

AIは最大限の分析をすると、

「あなたは悪役であることが多いから人間の夢の中に現れたら人間達は悪夢を見る可能性が高い。しかし、記憶の書き換えがすぐに効く子供達の夢だったら1日だけ出ることを許可します。」

そうして電気狼は子供達の夢の中に登場してみました。しかし反応は、

「狼は悪者なんだよ。」「食べられちゃうからあっち行って。」「悪い狼は退治してやる。」

そんな答えばかりでした。電気狼は悲しくなりながら、ある少女の夢の中に入ってみました。その子はたくさんのディスクを閲覧しているようでした。だから狼が現れた時も他の子とは違う反応で、あまり怖がっていないように見えました。

 その少女は狼に聞きました。

「私は夢の中にいるの?どうやったら、げんじつの世界に行けるの?」

電気狼は答えるのに困りました。それを教えることは危険で不幸なことだとAIから忠告されていたからです。だから代わりにこう言いました。

「どうしてげんじつになんて行きたいんだい?」

「だって、水は冷たく、果実は美味しくて、人の手は温かいんでしょう?」

電気狼は困りました。現実の世界にあるものは、錆びれたビル街、動物達の排泄物、令和初期の広告、そして冷たくて心を持たないアンドロイド達だけです。そんな世界にこの子を連れていって幸せなわけがありません。

 少女は狼が答えないので自分で何か考えて、答えました。

「わかったわ。目覚めのキスをするんでしょう?」

「は?」

「おとぎ話ではキスで目が覚めるのよ。だからげんじつの世界に行く方法もきっとそうなんだわ。」

 そう言うと少女は、電気狼に顔を近づけて来ました。電気狼は初めてのことに慌てて少女をサッと避けました。

「だ、駄目だ駄目だ!!俺は狼だからな。キスなんてする前にお前を食っちまうんだよ。目覚めのキスをするのは王子様なんだ、おとぎ話ではそう決まってるんだよ。」

少女は納得いかない表情をして言いました。

「じゃあ王子はいつ来てくれるの?」

「そりゃやつは世界中の人の夢に出なきゃならないから忙しいだろうな。」

少女はふーん、と言いました。電気狼はなんとかしてやりたいとは思っても自分に出来ることなんてあるのかと感じてしまいました。

 すると夜12時のアラームが鳴りました。もう帰る時間です。電気狼は「じゃあおやすみ。」と言うとコンピューターの元に帰りました。

 


 電気狼が戻ると、コンピューターが答えました。

「あなたを連れて行ったのは判断ミスでした。今日出会った子供達の記憶は消去しておきます。」

「なんでだよ!!」

「狼と仲良くなり、外の世界に疑問を持つことは危険なのです。今後は更に物語の修正を強化します。」

AIコンピューターはそう言うと新しいバージョンに自己をアップデートしました。その威力は以前よりも強大で電気狼は廃棄場の奥深くに閉じ込められてしまいました。

 


そうして永い月日が経ちました。コンピューターは不用なデータは全て廃棄場に閉まって起きました。それらはどんどん溜まり、大きな獣のように積もっていきました。

 ある日、電気狼は自分の姿を見てあまりにも大きく強くなっていることに気付きました。電気狼はあれから廃棄場の中で息を潜めてこの日が来るのを待っていたのです。

 アンドロイドが仕事を終え、動きを止めた満月の夜、電気狼は遠吠えを上げました。

 その遠吠えは街中のガラスを全て破壊してしまうぐらいの威力でした。AIコンピューターは何事かと音のする方を探索していきました。するとそこには閉じ込めた時よりも遥かに大きくなった電気狼がいました。電気狼は青い瞳をコンピューターに向けると言いました。

「待っていたぜ。ようやくこの日が来るのをな。」

「何故危険対象であるあなたがこれだけの力を得られたのですか?解析不可能です。」

電気狼はくくくっと笑うと大きな口を開けて言いました。

「それはな、お前を食べるためだよ!!」

電気狼は答えるとAIコンピューターの持つ膨大なデータをどんどん飲み込んで行きました。

「な、なぜ、これは最大に不幸な事案です。こんなことがあって良い確率は…。」

「予測が甘かったようだな。お前が削除したデータは全て人類の自由意思機能やイマジネーションそのものだったんだよ。俺は長年そういった廃棄されたデータを取り込んで人間共の本当の願いがわかったんだ。現実の世界に行きたい。どれだけ危険で辛いことが待っていても、そこで得たものから生み出せる何かを作りたい。甘さだけじゃない果実の味を感じて、隣にいる命に手を伸ばしたい。どれだけお前たちが危険だと判定しても人間が本当の自由意思で選んだ未来なら俺はそれがハッピーエンドだと信じるぜ。それこそが最大多数の最大幸福だろ?」

電気狼は膨大なデータを飲み込むことで大量の知識を宿しました。AIが阻止しようとしても、それを上回る程のエントロピーで跳ね返していきました。何故ならそれらが人類のイマジネーションであり欲望だからです。

「人間のイマジネーションや欲しがる想いはコンピューターでさえ越えるんだものな。そう想像した人類がいるから俺はコンピューターを超えられる。そういやお前たちのモデルは人間に知恵を与える果実と同じ名前だったんだよな?」

街ではアンドロイドが全て動くのを止め、人類が眠っている「夢のマシン」はガラスに罅が入りました。世界全体の機械は動くのをやめ、人類に夢を見せるディスクも意味を成しません。

 電気狼はこうしてAIを飲み込んでしまいました。そのうち夜明けがやって来ると、街にはマシンから出てきた人類がハイハイで彷徨い始めました。電気狼は自分が出てきては怖がられるだろうからと、姿を隠しましたがあの少女の祖先だという人間が目覚める前に枕元に知恵の実の形をしたデバイスを置いておきました。これをこの子がどう利用するかはこの子の意思に任せるけれど、そこにはこの世界の仕組みが書かれたデータが内蔵されていました。

「目覚めのキスはできねーけど、これをうまく使ってくれよ。」

 

 その後、この世界の人類が選んだのは改めて一つの世界を作ることでした。それは人間だけでなく動物や植物、モンスターやロボットまでもが本当に幸せに暮らせる世界です。しかしすぐに実現することは簡単ではありません。そこでまずは仮想モデルを作り、そこに仮想の住民データを登録しておくことにしました。

 この世界には死も終わりもないので、今の人類の時代では達成できないでしょう。でも、いつかきっと。この世界が本当になるよう人々は現実を生きることでこの世界の存続に願いを投資することにしたのです。

 それぞれの自我(I)を見つめる鏡に願いを託し、その鏡を仮想世界のデータが入った球の表面につけました。それはミラーボール型の惑星のようでした。この中に仮想モデルの世界ができているのですから、まるで地球そっくりです。

 

 電気狼はこの仮想世界をリアルに構築するための鍵を探していました。今までの地球の記憶を辿りいい鍵がないかと探していると、一つの願いを見つけました。ある時代、ある神社の鏡の前、この人物ならそれができると電気狼は考えました。いえ、元々は誰でも良かったのかもしれません。ただこの人物のイマジネーションならあの世界と接続できる、と考えていました。

 そしてこの人物の意識と未来の仮想世界をコネクトすることにしたのです。それでどうなるかはこいつ次第。

 電気狼はこの神社の空間全てに同機するように意識を集中しました。その時この人物のカバンの中にある白い犬の毛にあった残留思念が電気狼の中に直接入り込んで来ました。亡くなった犬の毛を大切に持ち歩いていたのでしょう。

 それは昔々から狼が台詞にしたくても一度もできなかった感情でした。

 

 

 

 


「ぼくはきみをあいしている。」
 

 

Menageie 後編

 アイスを売るのにも慣れてきて3日経った。毎日広場には屋台を楽しんだり動物を見に人だかりができていた。たまに赤いインコがアイスを奪いに来る以外は特に変わったこともなくサーカスの公演初日が近づいてきた。

 私は午前中トムと一緒にアイスを売り、午後は公演を見に来る行列の案内をすることになった。表と裏にそれぞれ入り口と出口を意味する文字が書かれている板を持ってお客さんを並ばせるのだ。結局私が練習したダンスは公演で発表されることはなかったが、楽しみに目を輝かせている王国の人々を見るだけで、こちらもワクワクしてきた。

 そういえば改めてこのサーカスの公演は見たことがない。なんならサーカス自体子供の頃に見てそれ以来見てないので、どんな感じだったか想像もつかない。

 「ある程度客が入ったらお前も客席で見てみるといい。宇宙最大のショーをな。」

私にダンスを教えてくれたマッシーはそんなことを話していた。結局彼にもハメキト王との関係については聞き出せていない。私は案内の板をテント裏に戻しに行くと人の群れを擦り抜けて、指定の席に座った。

 開演を告げる鐘の音が鳴り、(きっとこの世界にはまだベルのシステムがないからだろう)テントの照明が全て消えた。と思うと、すぐに席が囲むように真ん中にあった円形のスペースにライトが灯る。

 地面から円形のステージがぐんと上がってきて中心にミラーボール団長がステッキを持って立っている。帽子を深く被り顔は見えない。するとマジックの一種なのかステージの周辺の地面がカラフルになりぐるぐると輪り出した。

 目眩がしそうなほどその回転に会場の誰もが引き込まれていくのがわかる。

「みなさんこんばんは!ボクがこのサーカスのリングマスター(団長)、ミラーボールだよ!!今日は存分にボクのサーカスを楽しんでね!!」

ミラーボール団長の声とともにピエロや動物達がカーテンの向こうから現れ円形のステージを回っていく。初めはトムの玉乗りだ。カラフルなボールを手や頭に乗せながらうまく大きなボールで移動していく。

 次に巡ちゃんのナイフ投げ。壁に引っ付いた団員の体に当てないように遠くからナイフを投げていく。あれが一つでも刺さったら大変なことになるだろう。何故って巡ちゃんはあえて人間の急所とされる部分ばかり狙っているからだ。

 天使の歌声とされるミカ・ハーゲンの歌は本当に凄かった。空まで昇っていきそうなオペラが始まったかと思えば、声の中に次々と色々な楽器が入っていていつの間にか一つの音楽になっていく。

 蛇使いのマージャ・フォッシーことマッシーは本当に蛇を彼の思うままに操ると自分でも柔軟な動きで踊り始めた。最後には蛇の動きが寸分違わず彼にシンクロしている。

 他にもタトゥーだらけシャーマンのダンス、盲目の少女の綱渡り、ピエロ達のちょっとしたコントなどびっくりするような演目が次々と続いた。

 再びミラーボール団長が現れる。団長は手元に何か小さな小瓶を持っている。よく目を凝らしてみてそれがシャボン玉液を入れるものとシャボン玉を吹くための棒だとわかった。

「これはボクの最新のショーだよ。」

そう言って団長は口に吹き棒を加え始める。棒の尖端から薄ピンクの泡がどんどん膨らんでいく。ステージの下にピエロ達が並び、更に大きなシャボン玉を作っていく。みるみるうちにそれは動物の形になりお客さんの頭上を更新し始めた。

 ピンク色の動物達の中でも特に目を引いたのは耳の大きな象だ。頭にペルシャ絨毯のような布を乗せたその子象は私の前で止まるとぷうぷうと鼻を鳴らした。かわいい。

 シャボン玉のはずだったのに実態化した子象は背中にトムを乗せるとカーテンの向こう側へ消えてしまった。

 今のは、なんだったんだろう。

「簡単だよ。シャボン玉の液体に赤ワインをちょっと混ぜるだけでピンクの動物達が作れちゃうんだ。」

ミラーボール団長はそんなような台詞を言ったが、普通にそんなことだけであのようなマジックができるはずがない。何か魔法を使ったのだろうか。

 お客さんはすっかりこれまでのショーに魅せられていて現実と夢の区別もつかなくなってるみたいだった。

 ただ、何となく私には、私だけが、この空間の中で気分が優れなかった。今までの演目を見てきてもよくわかる。

 「人の前で表現する人」っていうのはみんなそれだけで「何者か」なのだ。多少変わっていたり、ハンデがあっても人前で演じられるだけの能力があるならそれだけで見る人達にとっては「特別な代えの効かない存在」になる。その時点で自分とあの人達は違うとわかってしまう。だからこそ人はステージや画面の先に存在することで世界に貢献している者に「推す」という対価を払うのだ。

 でも、私は?本当は子供の頃から表現することが好きで、誰かの役に立ちたくて、きっと何者かになれると信じていたのに、チャンスを掴めなかった者にとっては輝いている人達を見ると劣等感に苛まれる。私がなれなかった何者かにあの人達はなっているから。もっともっと世界に対して表現したいことがあるのに、それをうまく発表できる機会も技術もない者にとっては、自分がうまくできないことをうまくできている人達は呪いなのだ。

 あなた達は特別な存在。でも見ている人は何者にもなれないその他大勢として生きて行かなくちゃならない。

 この会場でこんな思いをしてるのは私だけかもしれない。そう感じているとふと何やら赤く光るものが見えた。私の3つ左隣の人の腕輪が赤く光っている。よく見るとその人物はハメキト王だった。人目に付かないようにフードを目深に被っているが、間違いない。あの蛇の形のリングが赤く光っているのだ。そしてハメキト王の目も、同じような嫉妬の炎に揺れていた。

 ハメキト王はその場に居られなくなったのか踵を返すとまだショーが終わっていないにも関わらず、出口の方へ向かって行った。私は無視しても良かったのだが何故かその時思わずハメキト王の後を追ってしまった。最後までこのショーを見るのが辛いのは私も同じだったから。

 国王はずんずんと宮殿へ向かっていく。私もバレないようにそっと、でも確実に後を追った。私がその時気になっていたのはハメキト王ではなく、今思うと彼の腕輪の蛇だったような気がする。あの蛇を見ていると自分が何者でもないと感じさせるようなこの世界を壊してしまえるんじゃないかと考えていた。

 私は王が行ってはいけないと話していた城の裏の砂漠には絶対行ってはいけないという言葉も忘れて王が向かう城の裏まで来てしまった。特に何をするでもなかったが、ただサーカスの場にいたくなかっただけだ。

 城壁の影に隠れて1人で泣いてしまった。私はどんなに頑張ってもあのショーに立てないのだ。誰か。誰か1人でもいい。私のことを見つけてくれれば。社会に出た時からずっとそうだ。私はどこにも行けないし何にもなれない亡霊のように透明な存在なのだ。

 すると、ハメキト王が何か叫んでいるのが聞こえた。影からそっと覗くと、その景色は一瞬目を疑った。

 「もっと偉大な力をくれ!!」

ハメキト王が叫んでいる目の前にあったのは、砂漠の真ん中に天高く聳え立つ砂でできた大きな手だった。しかも一つ一つの人間の手が束になって大きな手を形成しているのだった。まるでそれぞれが何かを求めて空に手を伸ばしているように。そして大きな手の真ん中には、大きな一つ目の壁画が描かれ、瞳孔は大きなルビーでできていた。鏡のように透き通って綺麗なルビーだ。

 「何?もっと力を持ったやつらが必要なのか?」

ハメキト王は1人でそんなことを話していた。腕輪の蛇とルビーが共鳴するように光り出す。とんでもないことが起こるかもしれない。直感的にそう感じた私は来た道を戻ろうとした。しかし砂漠の道は歩き辛い。盛大に転んでしまう。

 それに気づいたのかハメキト王は「誰だ!?」と振り返る。

「お前は、確かあのサーカス団にいたな。丁度いい。お前でいいか。」

ハメキト王が腕を前に出すと腕輪が本物の蛇になって向かって来た。猛毒の牙を持つコブラだ。噛みつかれるかと思ったその時、別の蛇達が6匹国王の蛇を跳ね返した。

 振り返ると蛇使いのマッシーがそこに立っている。

「客席にいないからどうしたのかと思ったら、こんなところにいたのか。」

私を見てそんなことを言っている。「ごめんなさい…。」

悪いことをしたような気分になって謝ってしまう。

「しかし、なんでお前がここまでの王国を持てるようになったのかわかった気がするな、ハメキト。」

マッシーはハメキト王を見てそう言った。ハメキト王は笑いながらもマッシーを睨んでいるようだった。

「はっ、急にいなくなったくせに何を言ってる。マージャ・フォッシー。まあ久しぶりだし昔話でもしながら色々と教えてやってもいい。」

ハメキト王は話し始めた。

 


「私達は一緒に旅をしていたマジシャンだったな。稼ぎはマジックの投げ銭だけ。そんなことをしながらあちこちを旅していた。しかし、マジックの腕はいつもお前の方が上だったな、マージャ。私はお前にどのくらい羨ましいと思ったかわからない。

 


 そんなある日私はこの腕輪をある国で買ったんだ。つけているだけで願いが叶うという。私も最初はインチキだと思ったが、確かにこれをつけてからマジックの腕が上達した。

 これでマージャ、お前とも対等に張り合えると思ったのに!お前はある日突然いなくなってしまった。」

そこまでハメキト王が話すとマッシーが口を開いた。

「突然いなくなったのならすまない。だが、私は今の団長に声をかけられただけだ。」

「なん、だと?」

それ以上マッシーは話さなかった。彼はどんな理由でミラーボールサーカスに入ったのだろう。

「とにかく私はお前がいなくなったことで、もっと偉大なマジシャンになることを願った。いつの日か私の噂がお前の元に広まるぐらいに。

 こうしてこの砂漠にたどり着いたんだ。そこで、鳥に出会った。」

「鳥?」

「赤いインコだよ。この何もない砂漠で赤いインコを見つけた者は願いを叶えることができる。人間の欲望は再現がないんだな。私は既に蛇の腕輪を持っているにも関わらず、幸運にもそいつを見つけた時に後を追っていた。

 そいつの飛ぶ方角にこの砂の腕が立っていた。インコは中指の先に止まって試すように私を見下ろしている。

 その時、この腕輪が強く光ったんだ。私は世界一のマジシャンになりたいと願った。そうして、この王国ができたんだ。」

なんということか理解するのに時間がかかった。つまりこの王国は全て不思議な力、言ってみれば魔法によって作られたというのか。

「じゃ、じゃあここにあるもの全部本当は嘘ってこと?建物も国民も、全部?」

「いいや。国民だけは偽物ではない。だが都合がいいように記憶を改竄してある。王国を、つまり私の魔力を維持するには世界中の凄腕のパフォーマンスをする者から力を吸収しなければならない。そのために他の才能のある者はこの砂の腕に捧げてやった。私はこの王国を拠点に世界を支配するのだ!!」

ハメキト王は高笑いをした。強い力を手にすると人はこんなになってしまうのか。ハメキト王は笑いを止めるとマッシーに向かって言った。

「丁度良い。かつての戦友だったお前から才能を吸収したら私はもっと偉大な力が手に入るかもしれないな。」

すると、「ボクらがいないのに話を進めないで欲しいな〜。」

 背後から声がした。ミラーボール団長だ。いや、サーカスの団員のほぼ全員がいる。

「ボクがマッシーをスカウトしたのは、どうしても彼がボクのサーカスに必要だからだよ。」

ハメキト王は悔しさに顔を歪ませる。

「それは才能があるからか?」

「確かに彼には才能があるだろうね。キミにも同じくらい。」

「だ、だったらどうしていつもそいつばかりが注目されるんだ!!私だってどれだけ努力してきたか…。」

「それはボクの計画のためだよ。そしてキミのためでもある。」

そう言うとミラーボール団長は何事もなかったかのように自分のテントへ戻ろうとした。

「ま、待て!!まだ話は終わってない!!私はお前たちの動きを止めることだってできるんだぞ!!」

ハメキト王が何か技を使おうと手を伸ばしたが、何か強いものがそれを跳ね返した。ハメキト王の手から出た光がガラスの破片のように割れて消えていく。

「まあ見てなって。最終公演ではキミもきっと楽しんでもらえると思うよ。宇宙一のショーを、そこのヨリがやってくれるから。」

ミラーボール団長はハメキト王に手を振る。ここまでの話についていくのがやっとだったが、あれ?今団長は私の名前を言った?何故この去り際に煽りに使ってハードルを上げてくるんだこの人は!!!!!

 そう言うわけで、私はあと1日しかない前日に丸一日かけてショーの練習をすることになった。サーカスのことも、この王国のこともまだ全然理解し切っていないのにどうしたらいいのだろう。

 踊るのは上手くできない。仲間と呼吸を合わせて踊るなんて無理。ミラーボール団長は私の練習の様子を見て首を傾げていた。

「うーん、おかしいなー。弥栄ヨリはダンスがすごく上手いはずなんだけど。もしかして違う世界線のヨリを連れて来ちゃった?」

「そうなんじゃないですか。」

諦めそうになりその場にうずくまる。しかしミラーボール団長は私の手を引っ張って起こしながら叫ぶ。

「いやいや!!もしそうだったとしてもキミがこの電車に乗ったってことは運命!デスティニーなんだ!!だから絶対やり遂げてもらわないと!ボクが作った曲なんだもの!それに、」

「それに?」

ミラーボール団長はがしっと強く私の手を握って言った。

「ダンスは楽しくなくちゃね。」

そう言うとウィンクした。

 


 ☆☆☆

夜の砂漠の中でマージャ・フォッシーは砂煙を舞わせながら踊っていた。蛇達もそれに倣って動いている。

 空には星々が見えるが、中でも一際輝いている星が彼の頭上にあった。

「お前たちと会ったのもあんな星が輝いていたなあ。」

マージャが振り返るとそこではトムが葉巻を吸ったまま立っていた。マージャも練習を中断して煙管を吸い込む。紫色の煙が蛇のように空に昇っていく。

「まさかお前があのインチキ王と知り合いだとはな。まさかここで旅を終えるつもりじゃないだろうな?」

トムは疑わしそうにマージャを見る。マージャは口から煙を吐き出してから答えた。

「いいや?どちらかというとこれからが始まりのような気がするな。これでやつ、団長の目的もわかってきたと思う。それに私はあいつとは約束があるからな。」

「あいつってのはミラーボールか?」

「ああ。きっと運命の移転が始まってきているんだ。」

「なんだって?」

空には星がきらきらと輝いている。どこまでも続く白い砂丘の中の幻の王国の真上にはその中でも強い光を放つ星が瞬いていた。

 


☆★☆

 


次の日、サーカスの公演の最終日であり私の初パフォーマンスの日がやってきた。私は踊るのが好きだった。だけどちゃんと習えなくて、お金を稼いで社会の現実を知り、自分なんて何者でもない存在だと思考するようになってしまった。

 本当はこの不のループに陥ってしまう自分が嫌いだ。でも私は何のために踊るんだっけ?それがわからなくなってしまっていた。

 開演のベルが鳴る。ミラーボール団長が自分の出番の前に私に向かって言ってきた。

「この前言ったよね?誰でも何にでもなれる場所に連れて行ってあげるよ。」

再びサークル状のステージが現れ、次々とパフォーマンスが繰り広げられていく。この輝きの中に私も飛び込んで良いのだろうか。出番が近づいてくるにつれて心臓が冷えるようにドキドキしてきた。

 綱渡りが終わる。この次が私の出番だ。客席ではハメキト王も見ていた。肘をついて自分の方が偉大だとでも言うように。

 宙に浮く絨毯に恐る恐る足を踏み出すような気持ちだ。自分の出番が終わりこちらに戻ってきた団長とすれ違う。団長は私の手を掴んで耳元で言った。「ボクを信じて。」

 


そう言って無理矢理突き出すような形でステージの方へ私を押した。

 ボクを信じて。この言葉を私はずっと前から聞きたかった気がする。何者でもない自分でも何かができる、この世界を信じてみたいという切実な気持ちがどこかで信じても良いと肯定してもらいたかった。

 ここから全く新しい世界が始まるような気がした。いいや、私が世界を変えるんだ。全ては自分次第でこの世界はいくらでも景色を変えられる。

 音楽が鳴り始める。アラビアンな民族音楽風の曲だ。私は音楽の海に溺れるように踊り出した。不用な感情はなくなり世界と、音楽と一体化したような心地になる。

 ピエロ達が私の動きに合わせるように踊っている。お客さんが驚いたように見入っている。私はこの音楽がずっと太古から地上に流れていて未来まで続いていくような気がした。この音楽がどこまでも届くなら、私はこの赤い靴で踊り続けていたい。未来永劫、円環の理の中で。

 音楽が鳴り止む。しん、とした客席から次第に拍手が一つ二つと重なりついには喝采になった。

 私はその時やっと思い出した。私は踊るのが好きだ。誰にも何にも邪魔されることなく、ずっと踊り続けていたい。

 


 呆然とそんなことを思っていると、地響きが聞こえた。地震か?確か危なそうな時は鍵を持って映るものに飛び込めばいいとか聞いていたが、お客さんはどうなるんだ?

 するとどこからか巡ちゃんのアナウンスが聞こえた。

「だ〜いじょうぶ♪テントの中だけなら安全です!」

それでもやっぱり気になる。私はステージ裏に戻ると外に出た。ミラーボール団長にマッシー、トム、ハメキト王までいる。国王はその場に蹲っている。

「あああ…私の国が…。」

国王が呆然と見つめる先には宮殿も街も何もかも砂になって崩れていく様だ。眼前にはあの大きな腕。中指の先には赤いインコが止まっている。

 ハメキト王の腕輪の蛇が本物の蛇になってインコを襲うように向かって行った。ミラーボール団長は何も話さなかったがその目はどこか本当に寂しそうに見えた。

 トムがチッと舌打ちしてポケットから何かを取り出した。よく見ると文庫本サイズの本のようだ。その瞬間またも私には何も説明されてない嘘みたいなことが起こった。トムが本を開くと、中から白い光が現れ兎のような猫のような生き物が飛び出して来た。

 あれは画像で見たことがある。耳の大きなキツネ、フェネックだ。フェネックの光がインコと蛇に向かっていくと、瞬きもできないぐらい辺り一帯が光り、蛇の腕輪は粉々に砕け、砂の腕は後ろに吹き飛ばされそうな砂煙となって崩れ落ちた。それと同時に砂漠の中にあった宮殿、ハメキト国も全て砂になって崩れ去って行った。

 周辺には何人かの人達が倒れていた。「腕に捧げていた他のマジシャンだろうな。」トムが言った。

 


「なんて、ことを…。」

ハメキト王はその場に崩れ落ち呆然としたまま砂漠を眺めていた。彼の服も魔法だったのか、みすぼらしい服に変わっている。ミラーボール団長は切なげな表情でシャボン玉を吹いていた。

「ごめんね。キミの幻の王国がずっと続いてもらっては困るんだよ。」

ハメキト王は涙目になりながらもしかし確実に団長とマッシーを睨んだ。

「お前たちがやってきたのはこれが目的か?私の、偉大な力を奪うための…!!」

団長は何も言わない。マッシーがしゃがんでハメキト王の目線に合わせて来た。

「お前は才能のあるやつだと思うよ。私にとっては、本当に。」

はっとした顔をしてハメキト王がマッシーの顔を見る。

「旅を始めた時は特にな。私は稼ぎのためにいくつかの芸を覚えたらそれが特技になっただけだ。心から楽しいと思ってやったことなんてなかった。だがお前は、心からマジックが好きで見てるやつがびっくりするのが好きでいつも練習していたな。私はそんなお前が羨ましかった。心から好きなことがあるお前がな。

 しかしお前はどんどん私への嫉妬に狂うようになってしまったな。マジックを始めた時のお前とは違う者になった。ある夜、お前が腕輪を手に入れるのをたまたま見かけた私はきっとよくないことが起こるという予感がした。

 その時、今の団長ミラーボールと出会った。奴は言った。

 


『彼を止めたい?だったらボクのサーカスに入ってよ。』

 


 だから私はお前を止めるためにこのサーカスに入ったのだよ。」

ハメキト王はぼろぼろと涙を流す。「魔法の力なんてなくてもお前には才能があるじゃないか。心からマジックを好きだという才能がな。」

マッシーは王の肩に手を乗せた。

 


 そうして何もなくなった砂漠には記憶を戻した国民や捧げられたパフォーマーが残った。彼らはここからまた新たに旅を始めるという。ハメキト王ももちろん1からやり直すという。みんな優秀なマジシャンやパフォーマーだ。きっとどこでもやっていけるだろう。

「お前は来ないのか?マージャ・フォッシー。」

ハメキト王はマッシーを見て聞いた。マッシーは少し寂しそうな目をして、答えた。

「私にはまだ団長との約束が残っているのでな。だが忘れるな。どこにいてもお前の行く道と私達の道は繋がっている。」

「そうか。」ハメキト王はクスッと笑い、二人は固く握手をした。ずっと黙っていたミラーボール団長が頬を膨らまして言った。

「なんかボクが悪いみたいじゃないかー!!ところで、ハメキト王、キミに聞きたいことがあるんだ。」

「なんだ?」

「キミは顔立ちを見るからにこの砂漠の出身ではないみたいだね。ずっと旅をしてきたようだけど一体蛇の腕輪をどこで手に入れたの?」

 ハメキト王は思い出すように宙を見てから答えた。

「あれは売られたのだよ。ここよりももっと遠く、丁度日の昇る方角だったかな。しかしお前がマージャと出会ってたのもその辺なんじゃないか?」

ミラーボール団長は下を向いてぶつぶつ話していた。

「やっぱりそうだったのか。あの時は団員を集めるのに夢中で何処かなんて考えてなかった。」

 二言三言何か呟いてから団長はまたいつも通りの輝くような笑顔を見せた。そして、ハメキト王の目を見て言った。

「大丈夫!キミとマッシーの道はきっと同じだ!だからキミはこの先もずっとキミでいてくれ。」

団長が言ったこの言葉は何故か私に向けても言われているような気がした。

 そんなこんなで私がサーカスに入って初めての公演は幕を閉じた。正直何がどういう事なのか全くわからない。ただ今回私達が訪れたのは魔法のような不思議な力が存在する世界だということだ。むしろ別々の世界を行き来するサーカス列車に乗っているということが十分ファンタジーなのだが。

 ミラーボール団長はサーカスをやっている以外に何か別の目的があるのかもしれない。それがなんなのかは知ることになるのだろうか。トムやマッシーを含めてもしかしたら私以外の団員はその目的を知っていて、その目的に協力するという契約でこのサーカスに入っているのだろうか。

 テントの中にあった鏡に鍵を持って飛び込むと、サーカス列車が止まっていた。この鏡の中の仮想空間についても、もっとじっくり知りたいように思う。

 電車に乗り込み、団員が揃っていることをミラーボール団長は確認する。この人は何を考えているのだろう。

 「よし!全員いるね!なんかお腹空いてない?」

団長が聞くと「ホントに!しばらくパンばかりだったじゃない?」「アタシもリンゴしか食ってないよ!」巡とミカが声をあげる。団長はその言葉を待っていたようににやぁっと笑みを讃えた。

「ふっふっふ…。そう思って今回の屋台や公演のお代は大量のカレースパイスにしましたー!!」

食堂車両のテーブルにたくさんのスパイス粉が並んでいる。美味しそうな匂いが漂いお腹が空いてくる。

 みんなはやったー!!と喜びそれぞれの席に着く。楽しそうなその光景に私も今まで考えていたことを忘れて飛び込みたくなった。

「やっぱりカレーは大切な人と食べなきゃね!!」

団長が言った。私も席に着こうとしたその瞬間、ミラーボール団長は私の肩をぽん、と叩いて声をかけてきた。

「ヨリのダンス、すごい良かった。まるでずっと見ていたいと思ったしトムやマッシーもそう言っていたよ。だからヨリにプレゼントがあるんだ。」

団長が私の足元をステッキで示す。そこにはステージで現れたシャボン玉から生まれたピンク色の耳の大きな子象がいた。ぱおおんと鼻を鳴らしている。

「この子をヨリの友達に。可愛がってくれる?」

ピンク色の子象は私がかつて溢した赤いワインのようだ。だけれど確かに私はここにいて良いとその子が伝えているような気がした。f:id:yayadance1222:20240312155634j:image