YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

ヴォーダン・ゲーム 中編

 木製の風車がからからと音を立てて回ると、隣にある竹でできた筒からシャボン玉が出てくる。シャボン玉は数秒ほど空気に漂うと天まで昇らずに破裂した。

 そんな様子を部族の中で1番若い少年、サムディが珍そうに眺めている。手を伸ばして泡に触れようとすると泡が破裂するので、それが面白いようだ。彼は一言も喋らないけど、初めて見るシャボン玉にとても興奮しているようだ。

「シャボン玉は幸せの象徴だからね。」そう言いながらミラーボール団長が発明したからくりのシャボン玉マシンをひたすら回しているのが今日の私の仕事というわけだ。これだけでたくさんの人を集められるらしい。確かに見たこともないものに部族の者たちは興味をそそられているが、私には昨夜の光景が忘れられないでいた。

 


 昨夜、満月の晩にこの村にやって来た男は永遠に幸せになれることを願った。永遠に幸せなこの土地で暮らすには部族を治めるシャーマンの姫、レグバ・ウコンディの与える「ヴォーダン・ゲーム」を行わなければならない。

 レグバ姫は大きな儀式用の杖を音を立てて置くと、ゲームの内容を説明した。

「ルールはとても簡単です。私が唱える呪文を一言一句間違えないで唱えながら、地面にあるマスの正解の部分だけを踏んでステップすれば良いの。」

なるほど、男性の足元には深く掘られたマスがあり○か×の記号が描かれている。呪文を唱えながら正解のマスを踏むというわけだ。

「言っておくけれど、正解は×のところですからね。○を踏んだらどうなるか、わかってるわね?」

村の者達がぞろぞろと群れを作って男を取り囲んだ。儀式用の打楽器を持ってきたり、衣装を着ている者もいる。

 レグバ姫の両脇にいた2人の付き人らしき住民が祭壇に炎を灯すと演奏が始まった。レグバ姫はミラーボール団長の方を向くと口を開いた。

「あなた方の歓迎も兼ねて、どうぞご覧になって?」

村人の打楽器の音色に合わせて男は冷や汗をかきながらステップを踏みはじめた。なんとか足を×のマスの部分に1歩ずつ進めながら祭壇の方向へ向かっていく。ここまでは男も難なく進んできていると感じた次の瞬間、レグバ姫が詠いだした。

 それは言葉とは言えないような不思議で速い呪文だった。頭の中に直接鳴り響いて空気が揺れていくような不思議な響きだった。ステップを踏んでいた男もレグバ姫が唱えた呪文を同じように口にしていく。レグバ姫の両脇にいた2人、(どちらも小柄な男でドクロのペンダントをしていた)その片方が説明してきた。

ヴォーダン・ゲームは永遠の幸せをかけて行うゲーム。ですから参加するにはそれなりに練習が必要なのですよ。」

レグバ姫の呪文はもはや私には聞き取れなくなってきた。しかし男はなんとかクリアして祭壇まで進んでいるようだ。

 そして、なんと彼はゴールした。周囲から歓声が起こる。私も興奮して拍手してしまった。レグバ姫はにっこりと微笑むと「おめでとう!」と両腕を広げた。

 すると、グシャァッ。

 男がいた地面からなのかそれとも木の上からなのかわからないが、男がいた丁度その部分が上下から大きな石盤でプレスされた。辺りに男の体液らしきものが飛び散る。私は一瞬何が起きたのか分からなかった。サーカスのみんなを見るとまるでそんなことは見慣れているとでも言うような感じだった。ミラーボール団長が言った。

「イリュージョンだよ。ボクらのサーカスと同じさ。」だけどその声はどこか怒っているような、悲しいような震えた声をしていた。だけどいつでも笑顔を絶やさないし、この状況をどこか楽しんでいるようにも見える。

 すると、石盤がゆっくりと開き、そこには何もなかったかのようにさっきの男が立っていた。自分の手足を見てゆっくりと動かしている。男はとても嬉しそうな顔をすると飛び跳ねた。「やった!やった!これで私は永遠に幸福です!!」

だけどその顔色は、瞳の色は、もはやそこに生命がないようだった。その時私はこの村に漂っていた臭いがなんの臭いか理解した気がした。これは、死体の臭いだ。

 しかし昨日起こったことについて、サーカスのみんなは何事もなかったかのように振る舞っているし、村人も普通のお客さんと全く変わらないように見える。なんならこの村には死体どころか亡くなった動物も見当たらない。出された食べ物も木の実やきのこをメインとしていて動物の類いはどこにも見られなかった。しかもなんとサムディとレグバ姫の付き人以外の者は一口も物を食べなかったのだ。

 これについて、レグバ姫はこう答えた。

「ここは永遠に幸せに暮らせる場所なのだからお腹が空くことなんてないのですよ。」

 サーカスの団員たちは本当に団長も趣味が悪いよだのとぶつぶつ言っていたが、出された食材を全て平らげてしまった。

 


 竹筒から出てくるシャボン玉を眺めながら、サーカスの集客をやっていると、

「ないないないない!!帽子がなーーーい!!」

 とテントの中からミラーボール団長が叫んでいるのが聞こえた。「風に飛ばされたんじゃないのか?」

タトゥーだらけの楽団を指揮する、マクタブが言った。ミラーボール団長はボブカットの白と虹色の髪を掻き回しながら泣きじゃくっている。

「そんなわけない!ボクの帽子はボクの元になくちゃいけないんだよ。絶対離れるわけがないんだ。確かにボクは他にも帽子のコレクションがあるけど、あの帽子は特別なんだ!!」

そんなに大切な帽子だったのか。だったら探してあげようかな、と思っていると茂みからサムディが手招きしてきた。

 どうしよう。今は手が離せない。するとマクタブが近寄ってきた。あまり良い態度を取られてないからか緊張してすくんでしまう。「代わりに回しておく。お前はあのガキのところへ行け。それがお前のマクタブだ。」

「え、マクタブって…?」

とりあえず言う通りにしてサムディの後を追った。サムディは人差し指をしーっと口元に当てながら麻でできた布の中から黒いシルクハットを見せてきた。

「それって!」ミラーボール団長の帽子だ。彼が盗んだということだろうか。するとサムディが初めて口をきいた。

「大きな声出さないでよ。返して欲しかったら僕の話を聞いてくれない?」

生意気そうな、でも歳相応の少年の声だった。私はこくこくと頷いてしまった。断れなくて流されてしまうのは自分の悪い癖だ。サムディは話し始めた。

「この村、おかしいと思わない?」

「え、おかしいって…。」

「昨日来たヤツらの中でキミが1番まともそうだったから聞いたんだよ。頭悪いな。」

サムディは滅茶苦茶口が悪かった。

「はー、まあいいや。例えば昨日この村の住民はものを食べなかったんだけど、実はそれはずっと前からなんだ。僕はこの部族に拾われて育てられたんだけど、みんな今までに一度も飲んだり食べたりしたことがないんだよ。」

それは確かにありえない話だ。こんな気候で一度も水を飲まなかったら死んでしまうだろう。

「それだけじゃない。今までにみんなそれなりに危険な目にもあってきた。でも頭に槍が刺さったり片足をトラに食われてもピンピンしてやがる。なんなら鈍すぎると言ってもいいぐらい僕が触れても気付かないことがほとんどなんだ。見てて。」

そう言うとサムディは地面に落ちていた手の平大の石を歩いていた住民の頭に投げつけた。石は頭にめり込んで血が滴り落ちる。でも、その住民は全く気にしていないようだった。

 そこでようやく私もこの村の違和感に気付いた。サーカスにもハンデがある人がいるので、そんなものかと思っていたが、足や腕が不自然な方向に曲がっているのに普通に歩いている人や、体内の臓器が出たままになったり眼球に虫が止まっていても全く気にしていない者がたくさんいた。

 サムディはやっとわかったかと言うように私の顔を見た。

「永遠に幸せになれるってどういうことかわかるか?それは死ぬことがないってことだよ。死ぬことがないってことは、つまりもう死んでいる。ここは死体が歩いている村なんだ。」

 村の高台から全体を見回しながらレグバ姫は微笑んだ。

「ここは本当に素晴らしい場所ね、でも私がこの景色を見られるのも後少しだわ。」

付き人の2人、ドイハとヤムリアは心配そうにレグバ姫を見た。ドイハが尋ねる。

「本当に良いのですか?」

 レグバ姫はこっくりと頷く。

「ええ、蛇がそう言っているのならそれが一番幸福なことよ。」

 ヤムリアがすかさず口を挟んだ。「あのサーカスの楽団の中に、あなたの故郷の血族と同じ紋様のタトゥーをしている者がいましたよ。あの者なら、なんとかできるのでは?」

しかしレグバ姫は首を振った。

「私は自分の願いのために南へ旅立ったのですよ。故郷の力なんて借りられないわ。」

茂みの奥地の村に吹き渡る風は永遠に終わることのない死の香りがした。

 


 ***

私がサーカスのテントに戻るとミラーボール団長はまだ涙目になりながら代わりになる帽子を頭に当てて考え込んでいた。私が戻ったことに気付くと、ぱっと振り返りその辺にある衣服を全て投げ捨てると駆け寄って来た。

「あった!?ボクの帽子!!」

「い、いえ、どこにも見当たらなかったですけど…。」

それを聞いて団長はまた泣きそうな顔になるが、どこかでこの人は本当は全部知っているんじゃないかって気もした。

 団長と上手くやり過ごしながら、私はサムディの話を思い出していた。

 

 まず、この村に訪れる者はある原罪を背負っているという。なんでも食べてはいけない果実を食べてしまったことにより、生きる苦しみを与えられたそうだ。

 しかし中にはその罪を無かったことにして永遠の命を手にしたいと考える者もいるそうだ。ただし、それには条件がある。レグバ・ウコンディの与えるゲームにクリアすることだ。

 間違えた者はその場で死ぬことになり、成功した者も一度物質的な死を、しかし再び永遠の命として蘇ることで永遠の幸せを手に入れるのだという。

 しかし、この仕組みについては実は語弊があるのだとサムディは話した。

「レグバは見えない世界と繋がる力を持ったシャーマンだ。あいつが取りまとめているのは、実体のない精霊たちだ。やつらは自分の絶対的な証明を心から欲している。だからあいつらは一度死んだ人間に憑依して実体を得ている。もう死んでいるから味も痛みもわからない人間のな。」

私はそこでよくわからなくなり、聞いてみた。

「どうしてわざわざゲームをする必要があるの?」

サムディはつまらなさそうに答える。

「レグバを操っていて、精霊たちを取りまとめる巨大な蛇がいるそうだ。こことは別の次元だから普通には見えないけどな。そいつとの契約らしい。精霊たちはゲームに成功した人間の体しか借りられない。もしかしたらやつらにもやつらの原罪があるのかもな。」

 ところで、サムディはここまで話して一体何が目的なんだろう。ミラーボール団長の帽子を盗んだりして。そのことについても、彼は説明した。

サムディは林の中に捨てられていた子供だった。ある日人間を愛してみたいという願いを持った精霊が、(その精霊が憑依した女性が)彼を見つけた。普通ならゲームをクリアしなければここで暮らすことはできないが、まだ赤ん坊だったサムディは特例で精霊たちに育てられたのだ。

 ただ、彼は物心ついてからわかってしまったらしい。いくら人間と同じように愛することをしてみても、精霊たちの鼓動は動かないため、そこには愛が存在しないというのだ。そんなことは無いんじゃないかと言ってみたが、「いいや、ヤツらにはいつも満たされてないところがある。だから僕はこの村を脱出してもっと楽しく自由に生きたいんだよ。この帽子を返して欲しかったら僕が村を出るのを手伝って!」

じっくり聞いていたのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。結局彼だって歳相応の少年じゃないか。

 しかしこの村がこのまま続いていくのも本当に良いのだろうか、という気がした。なので、私はミラーボール団長に聞いてみることにしたのだ。彼をこの村から連れ出してくれないか。

気を取り直して、帽子を入念に選んでいる団長に声をかける。

「あ、あの!」

「んー?」

「この村に新たに団員にできそうな人、います?」

ミラーボール団長はまるですごくつまらない話を聞かされた顔をした。

「あー、いないいない。ボクの団員になるのはそれがマクタブ、いやデスティニーなコだけなんだよね。」

またマクタブだ。マクタブって言うのは、タトゥーだらけのあの団員の名前だけじゃなくて何かの言葉なんだろうか。

「でも!例えばあのサムディっていう子は若いし色々パフォーマンスができそうじゃないですか?」

「はー?何言ってんのさ!彼がこの列車に乗ることなんてないはずだよ!」

ミラーボール団長は全く態度を変えない。どころかここまで融通が効かない態度を取られるのは初めてかもしれない。さすがにこっちもいらっとしてきた。

「もし乗せるんだとしたら、違う子なんだ!」

またわけのわからないことを言ってる。もういいや。この人に頼んでも絶対に通じないだろう。

私は相手にしてらんないという顔を作ると、その場から去ることにした。サムディとは別の方法を考えればいい。

 


☆☆☆

 


弥栄ヨリがその場を去ってからミラーボール団長は、うずくまって泣いていた。「ううう…。」

 でも何か背後から気配を勘づくとすぐに涙を引っ込めた。

「そういえばボクが来た時からずーっとつけてたよね?ドイハとヤムリア。」

ミラーボールを見つめていた二つの影はぎくっとすると姿を表した。髪の白い方がドイハで、紫色の瞳をしているのがヤムリアだ。ドイハのペンダントはドクロにイカの足のようなものがついており、ヤムリアのドクロはフェルトでできており、頭巾をかぶっている。2人はどちらから、何を話したらいいかわからないといった表情で互いの顔色を伺った。

 ミラーボールが待ちかねたように話を切り出す。

「このゾンビだらけの村の中で明らかに生きてるのはキミたち2人とサムディって少年、あとはイレギュラーがレグバ・ウコンディで会ってる?」

「やはり知っていたのですか!!」

ドイハとヤムリアは声を揃えて叫んだ。

「ボクにはなんでもわかってるよ。だけど、それでボクがどうするかはキミたちの話による。」

恐る恐るヤムリアは話し始めた。

「仰る通り、この村でレグバ姫だけが正真正銘本当に不老不死なのです。それももともと霊界と繋がる大いなる力を持っていたためでした。あの方は自分の願いのために故郷を去り、この土地に息づいている巨大な蛇のスピリットと契約したからなのです。」

「ふーん?」

「蛇は実体を持たない精霊たちを取りまとめる権限を持っています。その精霊たちがゲームに成功した人間に憑依しているのです。そういったスピリットの世界とこちら側の世界を繋げるためにレグバ姫は蛇のお告げを聞いているのです。

 しかし、最近になって蛇はあるお告げをしました。レグバ姫を生贄に偶像にせよというお告げです。」

「生贄って、不老不死なんだろ?」

「確かにその言い方にはちょっと語弊があるかもしれませんが、要するにレグバ姫そのものを偶像の中に封印するということです。なんでもレグバ姫の血族はこの世界にとっては力が強大すぎて危険だとか…。」

ミラーボールはシャボン玉を吹き出した。まるでストレスのある者か煙草で一服するみたいな動作で。

「蛇がそう言ったんだ?それでレグバの意思は?」

ドイハが続ける。

「それが自分の運命なら受け入れるって。だけど本心では違う。ずっと側にいた我々には分かるのです。」

「それでドイハとヤムリアはどうしたいの?」

「阻止したいのです!!レグバ様が偶像になるのを!!」2人の声が重なる。ミラーボールの目が光を反射したガラスのように光った。どうして?と聞きたいような顔だ。ドイハとヤムリアの2人は理由も言った方が良いのかと考えたが、それはどちらも恥ずかしいような何か言い出しにくい感じがした。

「まあ理由はいちいち聞かなくてもわかるよ。地球上に生命がある限り、よくあることだ。それに、」

ミラーボールは何もない虚空に視線を向けた。何かたくさんのスピリットに、もしくは巨大な一匹の蛇に伝えるためだけといったように話す。

「そうなってもらっちゃあ、こっちも困るんだよね。」

乾いた土地に空全体がひび割れたかのような稲光が走った。それは巨大な蛇の鱗みたいに黄緑色の光だった。