YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

巡る天使の輪の中で

巡 -JUN-

 


絶対に消せないものって何だかわかる?ワタシにとってそれは関係性だと思う。

 あの人とあの人が友達だった。あの子はあの人を好きだった。そういったことっていくら本人達が無かったことにしたくても誰かが覚えていればその人達の関係性っていうのは、未来永劫絶対に残され続けるのよネ。

 だからワタシにとってこの話は私とじゅんちゃんという人のことを覚えてくれればそれでいいワ。今のワタシの名前、巡とは違う人ヨ。ワタシはじゅんちゃんが好きだった。それは紛れもない事実。このことを前提にワタシの運命の日の話をするわ。

 


 中学校が終わるとワタシはいつもじゅんちゃんの家に行ったノ。じゅんちゃんはサッカー部を頑張っていてギターが弾けるワタシの一つ上の学年だったワ。

 ワタシが小学校4年生の頃、ワタシの両親は離婚して母はいつも帰りが遅い。だからワタシはじゅんちゃんを部活中目で追って、写真を撮ったりノートに記録をしてから彼の家へ行くの。え?マネージャーだったのかって?いいえ。マネージャーなんてやってたらじゅんちゃんだけを目で追えないじゃない。

 ワタシがじゅんちゃんを好きだったのは、じゅんちゃんは覚えていないだろうけど小学校の時いじめられていたところを止めてくれたから。

 その日からワタシはずっとじゅんちゃんの家に行ってる。家の中にワタシの父が趣味でいくつも持っていたビデオカメラや盗聴器なんかを仕掛けるの。父の部屋にこっそり出入りして本なんかを見ていたからワタシは絶対にバレない方法を知っているノ。

 それからじゅんちゃんの家のゴミ袋は全部ワタシが持っておいてる。そこからレシートを取り出してじゅんちゃんが買ったもの、好きなものとかを研究してまとめておく。場合によってはワタシも同じものを買うワ。

 使ってるシャンプーだとか、歯磨き粉だとか。

 あとはじゅんちゃんが使ってる携帯の履歴ね。契約してる会社に声を変えて彼の担当だとかなんとか言って、パスワードなんかを教えてもらうの。大抵の人は馬鹿だからすぐに教えてくれちゃうのよネ。ワタシは絶対にバレない特別な方法を知ってるから、そんな中で得た情報をパソコンに繋げば、いつでもじゅんちゃんのことがわかるようになっちゃうノ。

 友達なんかいたらワタシのそんな特別な時間が無くなっちゃうワ。みんなワタシがこんな髪だからか、それとも小学校の時に学費や給食費が払えなかったりしたからか近寄ってこないもの。だからいじめられていたワタシを救済してくれたじゅんちゃんはワタシの運命の人だってこと。

 

 そんな平和な日常がずっと続くと信じていた。

 関係性の枝葉に鬱陶しい芽が出るまでは。

 その芽の名前なんて口にしたくもないワ。仮にここではGとしておこうか。あの誰からも嫌われる虫のようにね。

 Gは一つ上の学年に転校してきた人でワタシよりはそんなに可愛くもないんだけど、男子はなぜかみんなGは綺麗って言っていた。要領が良くてスポーツはなんでもできるし、成績も良いし、音楽が好きで音楽が趣味な男子はみんなGと話していたワ。

 なんだかよくわからないロックバンドだったんだけど。

 ワタシは幼い頃、父と一緒にクラシックや遠い国の民謡なんて聴いてたから、よくわからない。今はまあ他にも聴けるけど、Gが好きなバンドは全く良いと思わなかったワ。

 Gはじゅんちゃんとすぐ仲良くなったノ。隣の席だったみたいで。それで好きな音楽が似てて、文化祭で一緒にバンドをやることになったのよ。ワタシが通っていた学校の文化祭では3年生は強制的に全員何か出し物をすることになっていたから。

 文化祭当日、ワタシもその発表を見てた。Gはボーカルだったけど、全然うまくなくて狙った変なアニメ声だし音程もじゅんちゃんのギターと全く合ってなくて聴いてるこっちが恥ずかしくなっちゃった。

 でも他の人達からしたらあの歌が学校で一番上手いみたい。それだけならまだ許してあげても良かったんだけど、もっと許せないことが起きた。

 その日ワタシは文化祭の後片付けが全て終わって、校門から出てくるじゅんちゃんを待っていた。活躍したばかりで疲れているだろうから、ワタシが癒してあげないとって手作りのクッキーを持って待ってたノ。運命があのまま邪魔されずに正しく存在していたら、ワタシは告白して結ばれるはずだったのに、校舎から出てきたじゅんちゃんの隣には誰かがいて楽しそうに話していた。

 それはGだった。2人は手を絡め合って楽しそうな恥ずかしいような表情をして校舎からは「おめでとう!」なんて声が聞こえてきた。

 ワタシには信じられない。だってワタシ達が一緒になることは運命で決まっているんだから。そんなことあるわけない。

 計画は完全に正しくなくちゃ。軌道がどこかで間違えているなら正しい軌道に戻してあげないト。ワタシは予定を変更して、(それも正しい予定にするために)真っ直ぐに家へ向かった。月がとても明るくて綺麗な夜だったワ。

 ワタシが準備したのは大量の世界中から集められたナイフ。なんでそんなものがあるかって?父の趣味だって言ったでしょ。幼い頃、まだ父が一緒に住んでいた頃、父はあらゆるナイフの使い方をワタシに教えてくれた。

 それがこんな形で役に立つなんてネ。

 ワタシは見た分にはまるでそんなもの持ち合わせていないように大量のナイフを衣服に忍ばせて、じゅんちゃんの家に向かった。確か今日はじゅんちゃんの家族はPTAの打ち上げあるとかで家に帰るのが遅いはず。

 そっと窓の外を覗くと、ああ、本当に見たくも無かったんだけど、あの女がじゅんちゃんの部屋で楽しそうに話していた。本当なら今頃そこにいるのはワタシだったのに。

 ワタシは手も足も震えて全身が冷たくなっていくのを堪えてタイミングを見計らった。ここっていう瞬間が来れば計画は実行できる。どれくらい時間が経ったのか、じゅんちゃんが立ち上がり飲み物を取ってくると言って部屋を出た。

 今だ。じゅんちゃんの部屋は台所から離れてるから、少しの間なら音は聞こえないハズ。ワタシはナイフの中の一つを窓ガラスに向けて奮った。

 ガシャーーーン。

 ガラスをは部屋の地面に落下した。Gは一瞬何が起きたのかわからない表情をして、でもワタシが着ている制服が同じだったため、同じ学校の人間だとわかったみたいだった。

 


「……だ、誰、なの?」

「あなたさえいなければ今頃ここにいたのはワタシだったのに。」

「え?なんのこ…。」

 


ビュッ。さくっ。どさっ。

 Gが喋り終わる前にワタシのナイフが光よりも速くGの頸静脈を貫いた。Gは命ではなくなっていた。 

 そんな怯えた顔しないで、これは運命の日の話だって言ったじゃない。

 ワタシは部屋の電気を消してGだったものを窓の外に出そうとした。月光が明るく部屋の中を照らしていた。

 すると、ガチャっと部屋を開ける音が聞こえた。

「大丈夫?なんかすごい音が聞こえたけど…。」

飲み物が入ったカップを二つ持ったじゅんちゃんとワタシの目が合った。

「…え。」

「じゅんちゃん、今日は月が綺麗だネ。知ってる?月が綺麗ってI LOVE YOU、あなたが好きですって意味なんだヨ?」

じゅんちゃんの手が震えて、今度はカップが地面に叩きつけられて割れる音が部屋に響いた。

 


「おい!!!!何やってるんだよ!!!何を!やってるんだよ!!」

じゅんちゃんがワタシを押し倒してワタシの首を強く強く締めようとした。ああ、そういう顔も素敵だよネ。本当は笑った顔が一番好きなんだけど、ずっとこのままでもいいかも。

そう思っていたが次の言葉でワタシの気持ちは変わってしまった。

「お前一つ下の××××だろ?なんなんだよ、マジでお前!お前みたいなガイジ気持ち悪いんだよ!!」

目の前にいる人って誰だっけ?って気がした。ワタシの好きなじゅんちゃんは誰にでも優しくて強くてかっこいい。そんな人。絶対にワタシに対しても差別なんてしない立派で素敵な人のはずなの。じゃあ、この人は?

 これはきっとじゅんちゃんに取り憑いたGの悪霊なんだ。だったらワタシが引き摺り出してあげないと。ワタシはスカートの裏にしまってあったナイフを取り出して「そいつ」に向かって何遍も何遍も奮い落とした。

 ゴチッ。ミチッ。

 色々な音がして紅い血液が顔に飛び散った。「そいつ」が動かなくなってワタシは最後に傷つけないように残しておいたじゅんちゃんの綺麗な顔だけを眺めていた。口元から赤い赤い血を流して眠ったような顔をしている。

 月が綺麗な夜だった。床に散らばったガラス片が照らされて飴色に光っている。じゅんちゃん。好き。好き。大好き。ワタシは樹液を啜る蟲のようにじゅんちゃんの口から流れる血を吸い続けた。

 どれくらい時間が経ったのだろう。いつしかワタシはじゅんちゃんの血を取り込んでじゅんちゃんそのものになっている気がした。何度巡り巡ってもワタシはあなたを好きになる。だから、来世でもまた会おうね。

 そう思って自分の喉にもナイフを突き刺そうとした時、あの綺麗な月から列車がやってきたノ。

 列車はじゅんちゃんの家の庭に停まって、そして、中からあのミラーボール団長が現れたノ。

一瞬これは夢かと思ったワ。でも段々と色々な痛みが思い起こされて来たノ。ミラーボール団長は部屋全体を見てからこう言ったワ。

「キミは、××××だね?」

「いいえ、違うワ。」

ワタシは口元の血を拭って真っ直ぐいきなり現れたよくわからない人物を見て言った。

「ワタシは、巡。巡るって書いてじゅんって読むのヨ。」

ミラーボール団長はまるでわかっていた、みたいな笑い方をしたワ。

「その髪は…。ああ、キミの父親は世界の存亡をかけて戦う優秀な組織の一員だったのに、愛する娘に仕込んだ技術がこんなことに使われるなんて…。これもまた喜劇ってことかな?」

「パパはワタシを愛してなんかいなかったワ。世界の存亡よりも大事なものをわかっていない。それは、愛ヨ。本当にワタシを愛していたなら帰って来たハズだわ。だからワタシは愛を優先するノ。絶対にワタシの両親みたいになんてならないワ。」

当然のことを言ってるはずなのに頬を温かいものが伝った。

「キミの父はもしかしたら亡くなっていて帰れなかったんじゃない?キミの母はそれを教えずに段々お金もなくなっていき…。」

「やめて。それはどこかの人殺しの中学生の話でしょ?ワタシは巡。だからワタシには関係ないワ。」

「じゃあ、巡はどうする?どうなりたい?」

ミラーボール団長は真っ直ぐワタシの目を見た。その時のワタシの目は月が涙に反射して瞳孔がハート型に見えたと後で団長から聞いた。逆にワタシは団長の目は銀河の天体を全て集めてその中の一番星のように光って見えた。いえ、あの人はいつでもそんな目をしてるワネ。

「ワタシは、出来るものなら本当の運命を愛したい。愛せるようになりたいワ。」

ワタシは言った。ミラーボール団長は外にも聞こえるぐらいの大笑いをした。不思議とそれは嘲っているようではなく嫌な気分がしなかった。

「じゃあ、キミの運命自体を乗り換えてみる?例えばキミが本当の愛がわかるまで、ボクのサーカス団を手伝ってくれるなら、キミをこの列車に乗せてもいいよ。」

団長は持っていたステッキで列車を指した。月に照らされて風に靡く白と虹色の髪。本当にワタシの運命が笑えちゃうぐらいワタシはその時じゅんちゃんよりも団長の方が美しいと感じてしまった。

「この列車はどこへ行くノ?」

「さあ?だけど、キミの新しい運命に。」

そう、これがワタシの運命の日ヨ。今はワタシはミラーボール団長のことを愛してる。でもそれは、恋じゃない。もっと深い部分で今はこの人のためにサーカスをすることだけが、ワタシの存在理由になっている。

 こんなワタシのこと、自分の頭で考えられないばかな子って思う?他人軸だって感じるのかしら?

 でも、生きていくにはどうしたって思考することになる。思考していくには思考に輪郭を持たせる強い軸が必要。でしょ?だったらその強い軸自体は愛せるところまで愛してみたいじゃない?

 

ミカ・ハーゲン-天使が堕ちた日-

 


アタシは、産まれた時から天使だった。美しかったとかそういうわけじゃないさ。最初からこの見た目。そして産声が凄く綺麗だったらしいぜ。

 物心ついた時にはアタシは大聖堂でオペラを歌っていた。いや、歌わされていた。

 この見た目にこの歌声。街のやつらはアタシが本当に天国から舞い降りて来たってこぞって話していた。

 アタシもそれで満足だった。「学校」ってもんに行くまではな。学校の中で何人かの同学年のやつらがアタシはずるいやり方をして教会に取り合ってもらって歌を歌ってるんだろうと言ってきた。

 アタシは気に食わないからそいつの顔を思い切り引っ掻いてやった。そうしたら学校中大問題で校長は両親を呼び出すし、アタシはなんで怒られて両親がなんで謝ってるのか分からなかった。それが悪いことだなんて教えられて来なかったんだから。

 それが一番最初に怒られた日。

 そのあとも変な噂を立てたり、犬をいじめるやつを見かけたら殴ったり髪を引っ張ってやった。だって「人をいじめるのはいけないこと」だもんな。

 でもなんでか知らないけどいつも怒られるのはアタシだけだった。ある時母さんが言った。

「ミカは天使だったはずでしょ?一体どこに悪魔がいるの?」

両親はアタシを連れ出して街中の腕の良い悪魔祓いのもとを何度も通ったがアタシにとっては何も変わることがなかった。

 アタシは歌よりもハマることができた。服のデザイン。歌はただ楽譜をそのまま詠みあげるだけだけど、服は何も無い状態から何かを生み出せる。中でもアタシは鎖やダメージ加工を敢えて加えたりするのが大好きだった。父さんと母さんや学校のやつらは悪魔の服だなんて言ってたけど。

 アタシが20代になった頃、もはや周囲のやつらはアタシに対して諦めてるようだったしアタシもそれで構わないと思っていた。歌もある時から急にやめていた。

 その日もアタシはスケッチブックに思いつく限りのデザイン画を書いて稼ぎ先からの帰り道を歩いていた。すると、路地裏から凄く騒がしい音がしたんだ。すごく胸が高鳴って全身がシビれる感じがしてアタシは思わず音がする方へ足が動いていた。

 そこにいたのはよくわからない楽器を演奏している3人組の男たちだった。しかもびっくりしたのはアタシが普段イケてると思ってたような服装や髪型をしてたってことだ。特に真ん中で尖ったバイオリンみたいな弦楽器を持ってるヤツの髪型なんて中心だけ残して黄色とピンクにしててメッチャイケてた。

 やつらが演奏を終わってアタシに気づいてなかったみたいだからアタシは思わず飛び出して声をかけた。

「アンタら、今の曲はなんなんだ?その楽器は?その格好はなんだ!?」

いきなり出て来た白い女に食いつかれてやつらちょっと警戒してたみたいだった。でもすぐに真ん中なイカした髪のヤツが言ったんだ。

「これはパンクってジャンルの音楽だ。」

そして持ってる楽器を順番にギター、ベース、ドラムだと教えてくれた。そいつは自分のことをゲブと名乗って口数の少ない革のジャケットを着たベースがベラ、ちょっと太ったドラムのやつがパンだと紹介した。パンは薬の臭いがして目つきも朦朧としてたが悪いやつじゃないってすぐわかった。

「アンタたち、すごいな。アタシにもなんかさせてくれよ。」

ゲブはめんどくさそうな顔をして

「悪いけど、女にできそうな楽器はあんまりないな。」

「アタシには歌があるよ。」

そう言ってアタシは歌い出した。何年ぶりに歌っただろう。声に翼が生えて天にまで昇っていきそうだった。

 3人は驚いた顔をしたが、「すごい上手いのはわかるけどパンクではそんな歌い方は求めてないんだよ。天使さまは教会の番に戻りな。」とゲブに突き放された。

 その夜アタシはイライラして眠れなかった。絶対にあのイカした音楽をアタシのものにしてみせる。

 次の日からアタシは毎日ヤツらのもとへ通って歌った。ゲブが歌う時はヤツの歌い方を真似した。今まで興味が無かった雑誌やレコードを書い漁り、隅々まで研究した。

 そうしてある時あのがなるような叫び声と教会のオペラの歌い方を混ぜることをやってみた。これだ。アタシにしかない歌い方。

 すぐさまヤツらが演奏してる場所に行って許可もないが一緒に歌ってみる。するとヤツらは段々とちらほらこっちを見るようになった。通行人も足を止めて見入っている。

 3人の演奏にアタシの声が重なってなんかわかんないけど生まれて初めて自分がここにいて良いんだという気分がした。

 すると、

「お前ら、何やってる!!」

警察がやってきて演奏を止めようとした。アタシのいた世界、アタシのいた時間ではそういう音楽は存在しちゃいけないことになっていたのさ。

「逃げるぞ!!」ゲブがケースにギターを閉まって、ついでにアタシの手を引いて走りだした。警官はアタシと目が合った。長い間この街を見て来た警官だ。アタシのことも知っていただろう。かつて天使の歌声として毎日教会で歌っていた街で唯一のアルビノの子のことを。

 

 ゲブに聞いた話では彼らは元々この街の人間ではないらしい。3人とも両親が亡くなり共に生きていく中でこの街に辿り着いたという。彼らみたいなガキ共がたくさんいるのに、それには見向きもせずおいしい思いをしている大人たちがたくさんいたと言っていた。

「オレたちは音楽でこの狂った世の中に訴えてやってるんだ。」

その考えは最高に馬鹿みたいだったけど、最高に気に入ってしまった。

 こうしてアタシ達は一緒に活動することになった。バンド名は「Circle Eden」。

 1日の終わり、それぞれの仕事が終わるとどこかに集まってライブをする。噴水の前。階段。アタシ達の味方をしてくれる店まで現れてそういった店で演奏することもあった。アタシは歌だけじゃなくて、メンバーの衣装を考えたり時には歌詞や曲を作ったり、色々やった。

 そういった活動をしていると、ある時ゲブが言った。

「オレたちの曲を売り出さないかって話がある。」

「いいじゃん!これで世界中に聞いてもらえるね!!」

でもゲブはあまり嬉しそうじゃなかった。

「でもよ、本当にそれでいいのかな。今まで通りみんなで楽しくライブやってるだけじゃ駄目なのかな。」

なんでさ。アタシには納得できなかった。狂った世の中に訴えてやるってのも所詮はおとぎ話だったのかよ。

 なんとも言えない気持ちになって家に着くと珍しく両親が居間にいた。普段はアタシに声もかけないのに、父さんが口を開いた。

「お前、最近ずっとゴロツキ共と悪魔の音楽をやってるみたいだな。」

「は?悪魔の音楽じゃないし。それにアイツらはゴロツキでもないよ。」

父さんはため息を長く吐き出して呟いた。

「まあいい。こちらにもそれなりに準備がある。」

なんのことを言ってるのか全然わからなくてアタシは部屋に戻った。

 

 

 

 しばらく経ったある夜のこと街中が騒がしかった。どうやら強く教会を信じている者と抵抗する若者達の間で抗争があったみたいだ。あれ以来アタシはずっとゲブ達にも会ってなければ両親とも話していなかった。

 たまには顔を出そうかな、とバンドのやつらが集まっている場所へ行くとそこはひどく荒らされていて、誰もいなかった。急に嫌な予感がして広場へ行くとあちこち火事になっていたり倒れている人から警官に取り押さえられているやつまで色々いた。

 アタシが知ってる顔もいくつかあったが両親とバンドのやつらがいなかった。すると何度かライブを観に来てくれていた孤児の少年がアタシに駆け寄ってきてこう告げた。

「大変だ!キミのお父さんが教会でベラとパンとやり合ってるんだ!!」

 


アタシは走って教会まで言った。月が赤い夜でステンドグラスに反射してこう言っちゃ悪いが、地獄の絵みたいに見えた。

 勢いよく扉を開けると父さんが拳銃を持って佇んでいて、ベラとパンは頭から血を流して倒れ込んでいた。

父さんはゆっくりとこちらを振り向いた。

「ああ、ミカか。ずっと探していたんだよ。」

「父さんが…やったのか?」

「お前を悪魔から取り返すにはこうするしかなかったんだ。もう一度天使だったお前に戻っておくれ。」

「ふざけるな!!アタシは最初っから天使なんかじゃない!!友達がいなくなるならこんな世界もういらない!!」

父さんはそれを聞くと微笑んでゆっくりと近づいてきた。

「どうしてそんなことを言うんだい?まだ悪魔が取り憑いてるようだね。そうだ。その忌まわしい歌を歌う口から出してあげよう。」

そういうとステンドグラスに思い切り叩きつけられ、首を絞められた。足が床から浮かび、窒息しそうになる。

「一つ、ずっと黙っていたことがある。お前は私達の本当の子供ではないんだよ。あるところに天才の音楽家夫婦がいた。でも産まれた子供はアルビノだった。世間にバレたら危ういと感じた2人は使用人にその子を預けた。我々には関係ないと。でもその子は親と同じような才能を生まれながらに持っていた。金にしない手はないと使用人はその子を別の街で売り出した。だからミカ、お前にはずっと天使の歌だけを歌ってもらわないと困るんだよ。」

息ができなくて頭が回らなかったが、これだけはわかった。アタシは産まれた時から、何者でもなかったんだ。ただ金や世間体に目が眩んだ大人たちの人形だっただけでアタシでしかありえないものなんて持ち合わせていなかった。ステンドグラスに罅が入る。

 もうこのまま死んでもいいや、と考え始めていた時、ずどん。

 父さんが誰かから背後で撃たれ地面に倒れた。扉のところに銃を持って立つゲブがいた。ゲブがこちらに来ようとした時に更に、ずどん。今度はゲブが床に倒れた。

 噴水の前で目が合った警官が扉の向こうに立っていた。しかし警官はアタシは撃たなかった。そういえば、子供の頃あの人は教会の最前列でアタシの歌を聞いてたっけ。

 近くの火事の火が教会に燃え移るのも気にせず、アタシはゲブに駆け寄った。

「おい!ゲブ!!なんで…!」

ゲブは薄く目を開けてアタシを見た。

「…ミカ、お前には才能がある。天使の歌声なんかじゃない。その声はもはや神の慟哭だ。しかも服を0から作り出せる創造主だ。お前は、世界に出て、その才能をぶち撒けてくれよ。」

ゲブは動かなくなった。

 アタシのことを何者でもないと思ってないヤツもいたんだ。でもここからアタシはどうやって生きていけば良いのかわからなかった。扉は火で塞がれて出られそうにない。

 すると、どこからか別の声が聞こえた。

「あっれー?もしかして生き残ったのは1人だけ?まあいいか。元々興味があった1人が生きてるなら。」

教会のピアノの上にシルクハットを被った知らないやつ、そうさ、ミラーボールが座ってたんだよ。

「なんだお前!!どこから入って来た!?」

「どこからでも。ねえミカ、ボクのサーカスに入ってくれない?」

「どうして名前知ってるんだよ。それにサーカスってどういうことだ!?」

やつは自分がなんで驚かれてるのかわからない顔をして、

「うーん。本当はそっちの倒れてるゲブって子に売り出さないかって言ってみたんだけど、彼らが今日死ぬのは決まってたからなー。早めに列車に乗せてあげようとしたけど間に合わなかったよ。まあ最初から目的はキミだったんだけどね。

 もちろん彼らの演奏も悪くはなかったよ。でも列車の燃料になるぐらいのエネルギーを集められるのは間違いなくキミだから。」

ミラーボールはピアノの蓋を開けてsmileという曲を引き出した。炎は既にアタシの足元の近くまで来てる。

「それで、どうする?キミも死ぬの?」

ミラーボールは鍵盤だけを見て聞いている。

「最後に1曲歌わせてくれないか。」

アタシは思いきり息を吸い込むとカノンに出鱈目だが仲間との思い出を込めた歌詞をつけて歌った。

 するとどういうわけか。アタシの歌声の中にパンのドラムが、ベラのベースが、ゲブのギターが重なって聴こえるのだった。

「天使の歌声、か。まさしくそれがボクの求めてた天使の歌声だよ!!」

団長は立ち上がって拍手している。

「こんな声、ボクのサーカス団以外に売り渡しちゃダメだ。天使っていうのはね、みんな清廉潔白な美しいものだって信じてる。でもボクは本当に純粋な魂が狂った世界に産まれ落ちてしまったら、きっと純粋すぎて狡いことに目を潰れなくなってしまうと思うんだ。そうするとある程度大衆と呼吸を合わせやすくすることを知ってるやつらから異端だって思われてしまうんだ。だから天使は泥臭くなくちゃって、ボクは思うんだ。」

この歌声を使えばまだ歌の中にヤツらは生きてるってことか?アタシは目の前のシルクハットの男だか女だかわからないヤツに聞いた。

「なあ、お前のサーカス団に入るにはどうしたらいいんだ?」

シルクハットのヤツは懐から懐中時計を取り出し、更にアタシ達の足元まで来てる炎を見てから、言った。

「時間がない。今回は特別だ。あそこのステンドグラスに罅が入ってるね?あの向こうに列車があるって強くイメージして。」

アタシは言われた通りにしてみた。

「できたかな?じゃあボクの手を取って。行くよ!スリーツーワン!!」

後で思い出したがアタシ達はそのステンドグラスのこの世で最初の男女とされてるヤツらが手を伸ばす木の実の部分めがけて飛び込んだんだ。

 


 これが、アタシにとっての運命の日だ。アタシが歌うのはゲブ、ベラ、パンと言ったアタシの仲間だったヤツらの思念が与えたようなこの声を永遠に保つためだ。アタシが歌い続ける限り、ヤツらのことはずっと忘れない。

 ここにいる代わりに団員の衣装を作る仕事があったり、アタシのやることはたくさんあるぜ。ただ今はこれだけは言える。今のアタシは大人たちの利益のために使い捨てられる人形ではないってコトさ。