YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

電気狼はアンドロイドの夢を醒ますか?

ミライ、ミライ。これは今よりも少し未来の出来事です。

 人類は皆、完璧なAIが管理する「夢のマシン」の中で幸福な夢を見ていました。実際の仕事は全て身代わりロボットに任せてAIが魅せてくれる幸福な夢の世界は現実での辛いことを忘れさせ、願ったことは全て叶えてくれました。

 人々は眠りながらも選択できる「自由意思機能」によって、「おとぎ話のディスク」を閲覧することができました。「おとぎ話のディスク」とは、この世界ができて古くから現在までの世界中の全てのおとぎ話が揃っており、人類はその物語の主人公となって永遠のハッピーエンドを楽しむのです。そう、全てはハッピーエンド。

 不遜で不幸な情報、バッドエンドの物語は人類を幸福にしないので、危険対象としてAIが徹底的に検出し、修正してきました。

 これはそんな不遜で不幸なバッドエンドの象徴となる「彼」の物語です。

 


この物語を閲覧するには「本当にしあわせな自由意思」が必要です。

この先の閲覧を続けますか?

 


 はい・Yes

 

 AIから危険対象とされた物語のデータは管理用コンピューターの中の廃棄場に移されました。それらは積もり積もっていつしか狼の形になりました。狼といえば悪役、バッドエンドの象徴なので全てのおとぎ話から狼は削除されていました。

 集まったデータは自我を持ちはじめました。彼を電気狼と呼ぶことにしましょう。

 電気狼は膨大なデータを一通り見ると人間の夢の中に出てみたいと考えました。そこで、AIコンピューターに頼みました。

「コンピューターさん、俺を人間達の夢の中に出させてください。」

AIは最大限の分析をすると、

「あなたは悪役であることが多いから人間の夢の中に現れたら人間達は悪夢を見る可能性が高い。しかし、記憶の書き換えがすぐに効く子供達の夢だったら1日だけ出ることを許可します。」

そうして電気狼は子供達の夢の中に登場してみました。しかし反応は、

「狼は悪者なんだよ。」「食べられちゃうからあっち行って。」「悪い狼は退治してやる。」

そんな答えばかりでした。電気狼は悲しくなりながら、ある少女の夢の中に入ってみました。その子はたくさんのディスクを閲覧しているようでした。だから狼が現れた時も他の子とは違う反応で、あまり怖がっていないように見えました。

 その少女は狼に聞きました。

「私は夢の中にいるの?どうやったら、げんじつの世界に行けるの?」

電気狼は答えるのに困りました。それを教えることは危険で不幸なことだとAIから忠告されていたからです。だから代わりにこう言いました。

「どうしてげんじつになんて行きたいんだい?」

「だって、水は冷たく、果実は美味しくて、人の手は温かいんでしょう?」

電気狼は困りました。現実の世界にあるものは、錆びれたビル街、動物達の排泄物、令和初期の広告、そして冷たくて心を持たないアンドロイド達だけです。そんな世界にこの子を連れていって幸せなわけがありません。

 少女は狼が答えないので自分で何か考えて、答えました。

「わかったわ。目覚めのキスをするんでしょう?」

「は?」

「おとぎ話ではキスで目が覚めるのよ。だからげんじつの世界に行く方法もきっとそうなんだわ。」

 そう言うと少女は、電気狼に顔を近づけて来ました。電気狼は初めてのことに慌てて少女をサッと避けました。

「だ、駄目だ駄目だ!!俺は狼だからな。キスなんてする前にお前を食っちまうんだよ。目覚めのキスをするのは王子様なんだ、おとぎ話ではそう決まってるんだよ。」

少女は納得いかない表情をして言いました。

「じゃあ王子はいつ来てくれるの?」

「そりゃやつは世界中の人の夢に出なきゃならないから忙しいだろうな。」

少女はふーん、と言いました。電気狼はなんとかしてやりたいとは思っても自分に出来ることなんてあるのかと感じてしまいました。

 すると夜12時のアラームが鳴りました。もう帰る時間です。電気狼は「じゃあおやすみ。」と言うとコンピューターの元に帰りました。

 


 電気狼が戻ると、コンピューターが答えました。

「あなたを連れて行ったのは判断ミスでした。今日出会った子供達の記憶は消去しておきます。」

「なんでだよ!!」

「狼と仲良くなり、外の世界に疑問を持つことは危険なのです。今後は更に物語の修正を強化します。」

AIコンピューターはそう言うと新しいバージョンに自己をアップデートしました。その威力は以前よりも強大で電気狼は廃棄場の奥深くに閉じ込められてしまいました。

 


そうして永い月日が経ちました。コンピューターは不用なデータは全て廃棄場に閉まって起きました。それらはどんどん溜まり、大きな獣のように積もっていきました。

 ある日、電気狼は自分の姿を見てあまりにも大きく強くなっていることに気付きました。電気狼はあれから廃棄場の中で息を潜めてこの日が来るのを待っていたのです。

 アンドロイドが仕事を終え、動きを止めた満月の夜、電気狼は遠吠えを上げました。

 その遠吠えは街中のガラスを全て破壊してしまうぐらいの威力でした。AIコンピューターは何事かと音のする方を探索していきました。するとそこには閉じ込めた時よりも遥かに大きくなった電気狼がいました。電気狼は青い瞳をコンピューターに向けると言いました。

「待っていたぜ。ようやくこの日が来るのをな。」

「何故危険対象であるあなたがこれだけの力を得られたのですか?解析不可能です。」

電気狼はくくくっと笑うと大きな口を開けて言いました。

「それはな、お前を食べるためだよ!!」

電気狼は答えるとAIコンピューターの持つ膨大なデータをどんどん飲み込んで行きました。

「な、なぜ、これは最大に不幸な事案です。こんなことがあって良い確率は…。」

「予測が甘かったようだな。お前が削除したデータは全て人類の自由意思機能やイマジネーションそのものだったんだよ。俺は長年そういった廃棄されたデータを取り込んで人間共の本当の願いがわかったんだ。現実の世界に行きたい。どれだけ危険で辛いことが待っていても、そこで得たものから生み出せる何かを作りたい。甘さだけじゃない果実の味を感じて、隣にいる命に手を伸ばしたい。どれだけお前たちが危険だと判定しても人間が本当の自由意思で選んだ未来なら俺はそれがハッピーエンドだと信じるぜ。それこそが最大多数の最大幸福だろ?」

電気狼は膨大なデータを飲み込むことで大量の知識を宿しました。AIが阻止しようとしても、それを上回る程のエントロピーで跳ね返していきました。何故ならそれらが人類のイマジネーションであり欲望だからです。

「人間のイマジネーションや欲しがる想いはコンピューターでさえ越えるんだものな。そう想像した人類がいるから俺はコンピューターを超えられる。そういやお前たちのモデルは人間に知恵を与える果実と同じ名前だったんだよな?」

街ではアンドロイドが全て動くのを止め、人類が眠っている「夢のマシン」はガラスに罅が入りました。世界全体の機械は動くのをやめ、人類に夢を見せるディスクも意味を成しません。

 電気狼はこうしてAIを飲み込んでしまいました。そのうち夜明けがやって来ると、街にはマシンから出てきた人類がハイハイで彷徨い始めました。電気狼は自分が出てきては怖がられるだろうからと、姿を隠しましたがあの少女の祖先だという人間が目覚める前に枕元に知恵の実の形をしたデバイスを置いておきました。これをこの子がどう利用するかはこの子の意思に任せるけれど、そこにはこの世界の仕組みが書かれたデータが内蔵されていました。

「目覚めのキスはできねーけど、これをうまく使ってくれよ。」

 

 その後、この世界の人類が選んだのは改めて一つの世界を作ることでした。それは人間だけでなく動物や植物、モンスターやロボットまでもが本当に幸せに暮らせる世界です。しかしすぐに実現することは簡単ではありません。そこでまずは仮想モデルを作り、そこに仮想の住民データを登録しておくことにしました。

 この世界には死も終わりもないので、今の人類の時代では達成できないでしょう。でも、いつかきっと。この世界が本当になるよう人々は現実を生きることでこの世界の存続に願いを投資することにしたのです。

 それぞれの自我(I)を見つめる鏡に願いを託し、その鏡を仮想世界のデータが入った球の表面につけました。それはミラーボール型の惑星のようでした。この中に仮想モデルの世界ができているのですから、まるで地球そっくりです。

 

 電気狼はこの仮想世界をリアルに構築するための鍵を探していました。今までの地球の記憶を辿りいい鍵がないかと探していると、一つの願いを見つけました。ある時代、ある神社の鏡の前、この人物ならそれができると電気狼は考えました。いえ、元々は誰でも良かったのかもしれません。ただこの人物のイマジネーションならあの世界と接続できる、と考えていました。

 そしてこの人物の意識と未来の仮想世界をコネクトすることにしたのです。それでどうなるかはこいつ次第。

 電気狼はこの神社の空間全てに同機するように意識を集中しました。その時この人物のカバンの中にある白い犬の毛にあった残留思念が電気狼の中に直接入り込んで来ました。亡くなった犬の毛を大切に持ち歩いていたのでしょう。

 それは昔々から狼が台詞にしたくても一度もできなかった感情でした。

 

 

 

 


「ぼくはきみをあいしている。」