YAYA

小説を書く用のブログです。いつか出発することを目標にしています。

Menageie 後編

 アイスを売るのにも慣れてきて3日経った。毎日広場には屋台を楽しんだり動物を見に人だかりができていた。たまに赤いインコがアイスを奪いに来る以外は特に変わったこともなくサーカスの公演初日が近づいてきた。

 私は午前中トムと一緒にアイスを売り、午後は公演を見に来る行列の案内をすることになった。表と裏にそれぞれ入り口と出口を意味する文字が書かれている板を持ってお客さんを並ばせるのだ。結局私が練習したダンスは公演で発表されることはなかったが、楽しみに目を輝かせている王国の人々を見るだけで、こちらもワクワクしてきた。

 そういえば改めてこのサーカスの公演は見たことがない。なんならサーカス自体子供の頃に見てそれ以来見てないので、どんな感じだったか想像もつかない。

 「ある程度客が入ったらお前も客席で見てみるといい。宇宙最大のショーをな。」

私にダンスを教えてくれたマッシーはそんなことを話していた。結局彼にもハメキト王との関係については聞き出せていない。私は案内の板をテント裏に戻しに行くと人の群れを擦り抜けて、指定の席に座った。

 開演を告げる鐘の音が鳴り、(きっとこの世界にはまだベルのシステムがないからだろう)テントの照明が全て消えた。と思うと、すぐに席が囲むように真ん中にあった円形のスペースにライトが灯る。

 地面から円形のステージがぐんと上がってきて中心にミラーボール団長がステッキを持って立っている。帽子を深く被り顔は見えない。するとマジックの一種なのかステージの周辺の地面がカラフルになりぐるぐると輪り出した。

 目眩がしそうなほどその回転に会場の誰もが引き込まれていくのがわかる。

「みなさんこんばんは!ボクがこのサーカスのリングマスター(団長)、ミラーボールだよ!!今日は存分にボクのサーカスを楽しんでね!!」

ミラーボール団長の声とともにピエロや動物達がカーテンの向こうから現れ円形のステージを回っていく。初めはトムの玉乗りだ。カラフルなボールを手や頭に乗せながらうまく大きなボールで移動していく。

 次に巡ちゃんのナイフ投げ。壁に引っ付いた団員の体に当てないように遠くからナイフを投げていく。あれが一つでも刺さったら大変なことになるだろう。何故って巡ちゃんはあえて人間の急所とされる部分ばかり狙っているからだ。

 天使の歌声とされるミカ・ハーゲンの歌は本当に凄かった。空まで昇っていきそうなオペラが始まったかと思えば、声の中に次々と色々な楽器が入っていていつの間にか一つの音楽になっていく。

 蛇使いのマージャ・フォッシーことマッシーは本当に蛇を彼の思うままに操ると自分でも柔軟な動きで踊り始めた。最後には蛇の動きが寸分違わず彼にシンクロしている。

 他にもタトゥーだらけシャーマンのダンス、盲目の少女の綱渡り、ピエロ達のちょっとしたコントなどびっくりするような演目が次々と続いた。

 再びミラーボール団長が現れる。団長は手元に何か小さな小瓶を持っている。よく目を凝らしてみてそれがシャボン玉液を入れるものとシャボン玉を吹くための棒だとわかった。

「これはボクの最新のショーだよ。」

そう言って団長は口に吹き棒を加え始める。棒の尖端から薄ピンクの泡がどんどん膨らんでいく。ステージの下にピエロ達が並び、更に大きなシャボン玉を作っていく。みるみるうちにそれは動物の形になりお客さんの頭上を更新し始めた。

 ピンク色の動物達の中でも特に目を引いたのは耳の大きな象だ。頭にペルシャ絨毯のような布を乗せたその子象は私の前で止まるとぷうぷうと鼻を鳴らした。かわいい。

 シャボン玉のはずだったのに実態化した子象は背中にトムを乗せるとカーテンの向こう側へ消えてしまった。

 今のは、なんだったんだろう。

「簡単だよ。シャボン玉の液体に赤ワインをちょっと混ぜるだけでピンクの動物達が作れちゃうんだ。」

ミラーボール団長はそんなような台詞を言ったが、普通にそんなことだけであのようなマジックができるはずがない。何か魔法を使ったのだろうか。

 お客さんはすっかりこれまでのショーに魅せられていて現実と夢の区別もつかなくなってるみたいだった。

 ただ、何となく私には、私だけが、この空間の中で気分が優れなかった。今までの演目を見てきてもよくわかる。

 「人の前で表現する人」っていうのはみんなそれだけで「何者か」なのだ。多少変わっていたり、ハンデがあっても人前で演じられるだけの能力があるならそれだけで見る人達にとっては「特別な代えの効かない存在」になる。その時点で自分とあの人達は違うとわかってしまう。だからこそ人はステージや画面の先に存在することで世界に貢献している者に「推す」という対価を払うのだ。

 でも、私は?本当は子供の頃から表現することが好きで、誰かの役に立ちたくて、きっと何者かになれると信じていたのに、チャンスを掴めなかった者にとっては輝いている人達を見ると劣等感に苛まれる。私がなれなかった何者かにあの人達はなっているから。もっともっと世界に対して表現したいことがあるのに、それをうまく発表できる機会も技術もない者にとっては、自分がうまくできないことをうまくできている人達は呪いなのだ。

 あなた達は特別な存在。でも見ている人は何者にもなれないその他大勢として生きて行かなくちゃならない。

 この会場でこんな思いをしてるのは私だけかもしれない。そう感じているとふと何やら赤く光るものが見えた。私の3つ左隣の人の腕輪が赤く光っている。よく見るとその人物はハメキト王だった。人目に付かないようにフードを目深に被っているが、間違いない。あの蛇の形のリングが赤く光っているのだ。そしてハメキト王の目も、同じような嫉妬の炎に揺れていた。

 ハメキト王はその場に居られなくなったのか踵を返すとまだショーが終わっていないにも関わらず、出口の方へ向かって行った。私は無視しても良かったのだが何故かその時思わずハメキト王の後を追ってしまった。最後までこのショーを見るのが辛いのは私も同じだったから。

 国王はずんずんと宮殿へ向かっていく。私もバレないようにそっと、でも確実に後を追った。私がその時気になっていたのはハメキト王ではなく、今思うと彼の腕輪の蛇だったような気がする。あの蛇を見ていると自分が何者でもないと感じさせるようなこの世界を壊してしまえるんじゃないかと考えていた。

 私は王が行ってはいけないと話していた城の裏の砂漠には絶対行ってはいけないという言葉も忘れて王が向かう城の裏まで来てしまった。特に何をするでもなかったが、ただサーカスの場にいたくなかっただけだ。

 城壁の影に隠れて1人で泣いてしまった。私はどんなに頑張ってもあのショーに立てないのだ。誰か。誰か1人でもいい。私のことを見つけてくれれば。社会に出た時からずっとそうだ。私はどこにも行けないし何にもなれない亡霊のように透明な存在なのだ。

 すると、ハメキト王が何か叫んでいるのが聞こえた。影からそっと覗くと、その景色は一瞬目を疑った。

 「もっと偉大な力をくれ!!」

ハメキト王が叫んでいる目の前にあったのは、砂漠の真ん中に天高く聳え立つ砂でできた大きな手だった。しかも一つ一つの人間の手が束になって大きな手を形成しているのだった。まるでそれぞれが何かを求めて空に手を伸ばしているように。そして大きな手の真ん中には、大きな一つ目の壁画が描かれ、瞳孔は大きなルビーでできていた。鏡のように透き通って綺麗なルビーだ。

 「何?もっと力を持ったやつらが必要なのか?」

ハメキト王は1人でそんなことを話していた。腕輪の蛇とルビーが共鳴するように光り出す。とんでもないことが起こるかもしれない。直感的にそう感じた私は来た道を戻ろうとした。しかし砂漠の道は歩き辛い。盛大に転んでしまう。

 それに気づいたのかハメキト王は「誰だ!?」と振り返る。

「お前は、確かあのサーカス団にいたな。丁度いい。お前でいいか。」

ハメキト王が腕を前に出すと腕輪が本物の蛇になって向かって来た。猛毒の牙を持つコブラだ。噛みつかれるかと思ったその時、別の蛇達が6匹国王の蛇を跳ね返した。

 振り返ると蛇使いのマッシーがそこに立っている。

「客席にいないからどうしたのかと思ったら、こんなところにいたのか。」

私を見てそんなことを言っている。「ごめんなさい…。」

悪いことをしたような気分になって謝ってしまう。

「しかし、なんでお前がここまでの王国を持てるようになったのかわかった気がするな、ハメキト。」

マッシーはハメキト王を見てそう言った。ハメキト王は笑いながらもマッシーを睨んでいるようだった。

「はっ、急にいなくなったくせに何を言ってる。マージャ・フォッシー。まあ久しぶりだし昔話でもしながら色々と教えてやってもいい。」

ハメキト王は話し始めた。

 


「私達は一緒に旅をしていたマジシャンだったな。稼ぎはマジックの投げ銭だけ。そんなことをしながらあちこちを旅していた。しかし、マジックの腕はいつもお前の方が上だったな、マージャ。私はお前にどのくらい羨ましいと思ったかわからない。

 


 そんなある日私はこの腕輪をある国で買ったんだ。つけているだけで願いが叶うという。私も最初はインチキだと思ったが、確かにこれをつけてからマジックの腕が上達した。

 これでマージャ、お前とも対等に張り合えると思ったのに!お前はある日突然いなくなってしまった。」

そこまでハメキト王が話すとマッシーが口を開いた。

「突然いなくなったのならすまない。だが、私は今の団長に声をかけられただけだ。」

「なん、だと?」

それ以上マッシーは話さなかった。彼はどんな理由でミラーボールサーカスに入ったのだろう。

「とにかく私はお前がいなくなったことで、もっと偉大なマジシャンになることを願った。いつの日か私の噂がお前の元に広まるぐらいに。

 こうしてこの砂漠にたどり着いたんだ。そこで、鳥に出会った。」

「鳥?」

「赤いインコだよ。この何もない砂漠で赤いインコを見つけた者は願いを叶えることができる。人間の欲望は再現がないんだな。私は既に蛇の腕輪を持っているにも関わらず、幸運にもそいつを見つけた時に後を追っていた。

 そいつの飛ぶ方角にこの砂の腕が立っていた。インコは中指の先に止まって試すように私を見下ろしている。

 その時、この腕輪が強く光ったんだ。私は世界一のマジシャンになりたいと願った。そうして、この王国ができたんだ。」

なんということか理解するのに時間がかかった。つまりこの王国は全て不思議な力、言ってみれば魔法によって作られたというのか。

「じゃ、じゃあここにあるもの全部本当は嘘ってこと?建物も国民も、全部?」

「いいや。国民だけは偽物ではない。だが都合がいいように記憶を改竄してある。王国を、つまり私の魔力を維持するには世界中の凄腕のパフォーマンスをする者から力を吸収しなければならない。そのために他の才能のある者はこの砂の腕に捧げてやった。私はこの王国を拠点に世界を支配するのだ!!」

ハメキト王は高笑いをした。強い力を手にすると人はこんなになってしまうのか。ハメキト王は笑いを止めるとマッシーに向かって言った。

「丁度良い。かつての戦友だったお前から才能を吸収したら私はもっと偉大な力が手に入るかもしれないな。」

すると、「ボクらがいないのに話を進めないで欲しいな〜。」

 背後から声がした。ミラーボール団長だ。いや、サーカスの団員のほぼ全員がいる。

「ボクがマッシーをスカウトしたのは、どうしても彼がボクのサーカスに必要だからだよ。」

ハメキト王は悔しさに顔を歪ませる。

「それは才能があるからか?」

「確かに彼には才能があるだろうね。キミにも同じくらい。」

「だ、だったらどうしていつもそいつばかりが注目されるんだ!!私だってどれだけ努力してきたか…。」

「それはボクの計画のためだよ。そしてキミのためでもある。」

そう言うとミラーボール団長は何事もなかったかのように自分のテントへ戻ろうとした。

「ま、待て!!まだ話は終わってない!!私はお前たちの動きを止めることだってできるんだぞ!!」

ハメキト王が何か技を使おうと手を伸ばしたが、何か強いものがそれを跳ね返した。ハメキト王の手から出た光がガラスの破片のように割れて消えていく。

「まあ見てなって。最終公演ではキミもきっと楽しんでもらえると思うよ。宇宙一のショーを、そこのヨリがやってくれるから。」

ミラーボール団長はハメキト王に手を振る。ここまでの話についていくのがやっとだったが、あれ?今団長は私の名前を言った?何故この去り際に煽りに使ってハードルを上げてくるんだこの人は!!!!!

 そう言うわけで、私はあと1日しかない前日に丸一日かけてショーの練習をすることになった。サーカスのことも、この王国のこともまだ全然理解し切っていないのにどうしたらいいのだろう。

 踊るのは上手くできない。仲間と呼吸を合わせて踊るなんて無理。ミラーボール団長は私の練習の様子を見て首を傾げていた。

「うーん、おかしいなー。弥栄ヨリはダンスがすごく上手いはずなんだけど。もしかして違う世界線のヨリを連れて来ちゃった?」

「そうなんじゃないですか。」

諦めそうになりその場にうずくまる。しかしミラーボール団長は私の手を引っ張って起こしながら叫ぶ。

「いやいや!!もしそうだったとしてもキミがこの電車に乗ったってことは運命!デスティニーなんだ!!だから絶対やり遂げてもらわないと!ボクが作った曲なんだもの!それに、」

「それに?」

ミラーボール団長はがしっと強く私の手を握って言った。

「ダンスは楽しくなくちゃね。」

そう言うとウィンクした。

 


 ☆☆☆

夜の砂漠の中でマージャ・フォッシーは砂煙を舞わせながら踊っていた。蛇達もそれに倣って動いている。

 空には星々が見えるが、中でも一際輝いている星が彼の頭上にあった。

「お前たちと会ったのもあんな星が輝いていたなあ。」

マージャが振り返るとそこではトムが葉巻を吸ったまま立っていた。マージャも練習を中断して煙管を吸い込む。紫色の煙が蛇のように空に昇っていく。

「まさかお前があのインチキ王と知り合いだとはな。まさかここで旅を終えるつもりじゃないだろうな?」

トムは疑わしそうにマージャを見る。マージャは口から煙を吐き出してから答えた。

「いいや?どちらかというとこれからが始まりのような気がするな。これでやつ、団長の目的もわかってきたと思う。それに私はあいつとは約束があるからな。」

「あいつってのはミラーボールか?」

「ああ。きっと運命の移転が始まってきているんだ。」

「なんだって?」

空には星がきらきらと輝いている。どこまでも続く白い砂丘の中の幻の王国の真上にはその中でも強い光を放つ星が瞬いていた。

 


☆★☆

 


次の日、サーカスの公演の最終日であり私の初パフォーマンスの日がやってきた。私は踊るのが好きだった。だけどちゃんと習えなくて、お金を稼いで社会の現実を知り、自分なんて何者でもない存在だと思考するようになってしまった。

 本当はこの不のループに陥ってしまう自分が嫌いだ。でも私は何のために踊るんだっけ?それがわからなくなってしまっていた。

 開演のベルが鳴る。ミラーボール団長が自分の出番の前に私に向かって言ってきた。

「この前言ったよね?誰でも何にでもなれる場所に連れて行ってあげるよ。」

再びサークル状のステージが現れ、次々とパフォーマンスが繰り広げられていく。この輝きの中に私も飛び込んで良いのだろうか。出番が近づいてくるにつれて心臓が冷えるようにドキドキしてきた。

 綱渡りが終わる。この次が私の出番だ。客席ではハメキト王も見ていた。肘をついて自分の方が偉大だとでも言うように。

 宙に浮く絨毯に恐る恐る足を踏み出すような気持ちだ。自分の出番が終わりこちらに戻ってきた団長とすれ違う。団長は私の手を掴んで耳元で言った。「ボクを信じて。」

 


そう言って無理矢理突き出すような形でステージの方へ私を押した。

 ボクを信じて。この言葉を私はずっと前から聞きたかった気がする。何者でもない自分でも何かができる、この世界を信じてみたいという切実な気持ちがどこかで信じても良いと肯定してもらいたかった。

 ここから全く新しい世界が始まるような気がした。いいや、私が世界を変えるんだ。全ては自分次第でこの世界はいくらでも景色を変えられる。

 音楽が鳴り始める。アラビアンな民族音楽風の曲だ。私は音楽の海に溺れるように踊り出した。不用な感情はなくなり世界と、音楽と一体化したような心地になる。

 ピエロ達が私の動きに合わせるように踊っている。お客さんが驚いたように見入っている。私はこの音楽がずっと太古から地上に流れていて未来まで続いていくような気がした。この音楽がどこまでも届くなら、私はこの赤い靴で踊り続けていたい。未来永劫、円環の理の中で。

 音楽が鳴り止む。しん、とした客席から次第に拍手が一つ二つと重なりついには喝采になった。

 私はその時やっと思い出した。私は踊るのが好きだ。誰にも何にも邪魔されることなく、ずっと踊り続けていたい。

 


 呆然とそんなことを思っていると、地響きが聞こえた。地震か?確か危なそうな時は鍵を持って映るものに飛び込めばいいとか聞いていたが、お客さんはどうなるんだ?

 するとどこからか巡ちゃんのアナウンスが聞こえた。

「だ〜いじょうぶ♪テントの中だけなら安全です!」

それでもやっぱり気になる。私はステージ裏に戻ると外に出た。ミラーボール団長にマッシー、トム、ハメキト王までいる。国王はその場に蹲っている。

「あああ…私の国が…。」

国王が呆然と見つめる先には宮殿も街も何もかも砂になって崩れていく様だ。眼前にはあの大きな腕。中指の先には赤いインコが止まっている。

 ハメキト王の腕輪の蛇が本物の蛇になってインコを襲うように向かって行った。ミラーボール団長は何も話さなかったがその目はどこか本当に寂しそうに見えた。

 トムがチッと舌打ちしてポケットから何かを取り出した。よく見ると文庫本サイズの本のようだ。その瞬間またも私には何も説明されてない嘘みたいなことが起こった。トムが本を開くと、中から白い光が現れ兎のような猫のような生き物が飛び出して来た。

 あれは画像で見たことがある。耳の大きなキツネ、フェネックだ。フェネックの光がインコと蛇に向かっていくと、瞬きもできないぐらい辺り一帯が光り、蛇の腕輪は粉々に砕け、砂の腕は後ろに吹き飛ばされそうな砂煙となって崩れ落ちた。それと同時に砂漠の中にあった宮殿、ハメキト国も全て砂になって崩れ去って行った。

 周辺には何人かの人達が倒れていた。「腕に捧げていた他のマジシャンだろうな。」トムが言った。

 


「なんて、ことを…。」

ハメキト王はその場に崩れ落ち呆然としたまま砂漠を眺めていた。彼の服も魔法だったのか、みすぼらしい服に変わっている。ミラーボール団長は切なげな表情でシャボン玉を吹いていた。

「ごめんね。キミの幻の王国がずっと続いてもらっては困るんだよ。」

ハメキト王は涙目になりながらもしかし確実に団長とマッシーを睨んだ。

「お前たちがやってきたのはこれが目的か?私の、偉大な力を奪うための…!!」

団長は何も言わない。マッシーがしゃがんでハメキト王の目線に合わせて来た。

「お前は才能のあるやつだと思うよ。私にとっては、本当に。」

はっとした顔をしてハメキト王がマッシーの顔を見る。

「旅を始めた時は特にな。私は稼ぎのためにいくつかの芸を覚えたらそれが特技になっただけだ。心から楽しいと思ってやったことなんてなかった。だがお前は、心からマジックが好きで見てるやつがびっくりするのが好きでいつも練習していたな。私はそんなお前が羨ましかった。心から好きなことがあるお前がな。

 しかしお前はどんどん私への嫉妬に狂うようになってしまったな。マジックを始めた時のお前とは違う者になった。ある夜、お前が腕輪を手に入れるのをたまたま見かけた私はきっとよくないことが起こるという予感がした。

 その時、今の団長ミラーボールと出会った。奴は言った。

 


『彼を止めたい?だったらボクのサーカスに入ってよ。』

 


 だから私はお前を止めるためにこのサーカスに入ったのだよ。」

ハメキト王はぼろぼろと涙を流す。「魔法の力なんてなくてもお前には才能があるじゃないか。心からマジックを好きだという才能がな。」

マッシーは王の肩に手を乗せた。

 


 そうして何もなくなった砂漠には記憶を戻した国民や捧げられたパフォーマーが残った。彼らはここからまた新たに旅を始めるという。ハメキト王ももちろん1からやり直すという。みんな優秀なマジシャンやパフォーマーだ。きっとどこでもやっていけるだろう。

「お前は来ないのか?マージャ・フォッシー。」

ハメキト王はマッシーを見て聞いた。マッシーは少し寂しそうな目をして、答えた。

「私にはまだ団長との約束が残っているのでな。だが忘れるな。どこにいてもお前の行く道と私達の道は繋がっている。」

「そうか。」ハメキト王はクスッと笑い、二人は固く握手をした。ずっと黙っていたミラーボール団長が頬を膨らまして言った。

「なんかボクが悪いみたいじゃないかー!!ところで、ハメキト王、キミに聞きたいことがあるんだ。」

「なんだ?」

「キミは顔立ちを見るからにこの砂漠の出身ではないみたいだね。ずっと旅をしてきたようだけど一体蛇の腕輪をどこで手に入れたの?」

 ハメキト王は思い出すように宙を見てから答えた。

「あれは売られたのだよ。ここよりももっと遠く、丁度日の昇る方角だったかな。しかしお前がマージャと出会ってたのもその辺なんじゃないか?」

ミラーボール団長は下を向いてぶつぶつ話していた。

「やっぱりそうだったのか。あの時は団員を集めるのに夢中で何処かなんて考えてなかった。」

 二言三言何か呟いてから団長はまたいつも通りの輝くような笑顔を見せた。そして、ハメキト王の目を見て言った。

「大丈夫!キミとマッシーの道はきっと同じだ!だからキミはこの先もずっとキミでいてくれ。」

団長が言ったこの言葉は何故か私に向けても言われているような気がした。

 そんなこんなで私がサーカスに入って初めての公演は幕を閉じた。正直何がどういう事なのか全くわからない。ただ今回私達が訪れたのは魔法のような不思議な力が存在する世界だということだ。むしろ別々の世界を行き来するサーカス列車に乗っているということが十分ファンタジーなのだが。

 ミラーボール団長はサーカスをやっている以外に何か別の目的があるのかもしれない。それがなんなのかは知ることになるのだろうか。トムやマッシーを含めてもしかしたら私以外の団員はその目的を知っていて、その目的に協力するという契約でこのサーカスに入っているのだろうか。

 テントの中にあった鏡に鍵を持って飛び込むと、サーカス列車が止まっていた。この鏡の中の仮想空間についても、もっとじっくり知りたいように思う。

 電車に乗り込み、団員が揃っていることをミラーボール団長は確認する。この人は何を考えているのだろう。

 「よし!全員いるね!なんかお腹空いてない?」

団長が聞くと「ホントに!しばらくパンばかりだったじゃない?」「アタシもリンゴしか食ってないよ!」巡とミカが声をあげる。団長はその言葉を待っていたようににやぁっと笑みを讃えた。

「ふっふっふ…。そう思って今回の屋台や公演のお代は大量のカレースパイスにしましたー!!」

食堂車両のテーブルにたくさんのスパイス粉が並んでいる。美味しそうな匂いが漂いお腹が空いてくる。

 みんなはやったー!!と喜びそれぞれの席に着く。楽しそうなその光景に私も今まで考えていたことを忘れて飛び込みたくなった。

「やっぱりカレーは大切な人と食べなきゃね!!」

団長が言った。私も席に着こうとしたその瞬間、ミラーボール団長は私の肩をぽん、と叩いて声をかけてきた。

「ヨリのダンス、すごい良かった。まるでずっと見ていたいと思ったしトムやマッシーもそう言っていたよ。だからヨリにプレゼントがあるんだ。」

団長が私の足元をステッキで示す。そこにはステージで現れたシャボン玉から生まれたピンク色の耳の大きな子象がいた。ぱおおんと鼻を鳴らしている。

「この子をヨリの友達に。可愛がってくれる?」

ピンク色の子象は私がかつて溢した赤いワインのようだ。だけれど確かに私はここにいて良いとその子が伝えているような気がした。f:id:yayadance1222:20240312155634j:image